きみにあう

そんな素敵な言葉がテーマのイベントを5月12日まで、「富山市民プラザ」で、染色やさをり織(成川さんの新しいCDに施されている赤い織)、書、絵画
などのARTと、フラメンコや舞のLiveが、おこなわれている。
副題が「気づきの魂 ふるえる二週間」

今日は「虹の戦士語りライブ」
アボリ人のディジュリドゥと歌の「ゆう子」さんと、ギターの「辻岳春」さんのデュオで
結成して19年、全国を旅しながらライブのライフスタイル。
そこに「坂口火菜子」さんが虹の戦士の朗読。すばらしいライブ。彼女も「虹・・」を10年
全国の縁あるところで朗読する、をライフワークにしている。

昨日はプレではないが、一足前に志賀町のフラメンコのスタジオで、「虹・・・」のライブ。
何の情報もなく、ただ先月の「波並で花見」で出会った松尾栗園の女将(おかみ、といっても若い)
さんに「いきませんか?」といわれ、パブロフの犬よろしく「わん」(よだれはだしてないが)
と返事していった。フラメンコスタジオの女将(みんな女はお神)も花見の会で踊って、面識
があり、「あらおひさしぶり」の再会。少しづつ、能登に知り合いが増える。

「虹の戦士」というのは、アメリカ・インディアンが信じつづけてきた、帰還と再生の物語。
それを北山耕平さんが訳したものが、太田出版からでている。
いまその「まえがき」をホボブラジルを飲みながら読んだ。

・・・(略)かつてわたしは、自分の本で、日本人が「ルーツを喪失したインディアン」である可能性
を指摘した。わたしたちは「あらかじめ母なる地球との絆を失ってしまっている」のだ。
そして「縄文時代のライフスタイルを今に伝える世界の先住民に残された教えと生き方を学びなおすことで、
もう一度日本列島と自分をつなぐこともできるはずだ」と。わたしたちはもともと遠い昔にはインディアンで
ありながら、インディアン的生き方とは一番かけ離れた対局的な「強欲に支配される生き方」を良しとしてきた。
それはわたしたちの自然の扱い方と、いまの日本列島の自然を見れば一目瞭然であるだろう。

小学生くらいの子供さんが、3人くらい母親といっしょにライブを見にこられていた。
消えゆくインディアンのスピリットを消すまいと奮い立つ少年が「虹の戦士」。
日本も世界もこの星も「危うい分岐点」にある。それを救うのは、「これから」の若者に違いない。
その真剣なまなざしを見ていると、「日本の未来もかつかつ大丈夫」だと確信した。感謝。