マグチョンスピクCafe

昨日は、国貞雅子のライブやった。昨年はデイブ・グルーシンさんたちとツアーを
やったり、いきなりステーキみたいに、いきなり大きなスポットライトがあたって、
うちでライブをやると発表すると、一日で満席になり、天真庵の常連さんたちが
これないような現象になった。今回は、いい具合に「中庸」が保たれ、とっても素敵な一刻ライブやった。

京都や浅草なども、世界中から予想をこえた観光客が押し掛けるような現象がある。
オーバーツーリズム、なんていうらしい。京都や浅草とか下町というのは、
「人のいく裏に道あり花の山」で、ぶらりと路地を散策して、偶然に見つけたお店などがいい。
そんな風情がなくなってしまった。

国貞雅子と「打ち上げ」と称する反省会をカウンターでやるのがならわしだ。
結構酩酊するまでやる。禅やスピリチャルな話になることも多いが、めざす音楽の方向性やら、「道」
のようなもの・・いろいろだ。昨日は「命」がテーマになった。

昨日は残ったファンの人がカウンターに座った。カウンターの上では「うめ星」の実験中。
久保さんの磁器の餃子皿ふたつ。その中に暮らしの実験室の無農薬でつくられた人参のへた。
ひとつは「東京水」。もうひとつは「東京水+うめ星」
天真庵のHPの「うめ星の部屋」に、うめ星の実験写真がある。そこにも同じ実験の写真がある。
炊飯器にいれたり、珈琲を入れたり、ぬかずけをつけたり・・・・それらは「味」
の問題なので、写真ではわからないし、実験しても各自の反応が違う。まさに筆舌が及ばない。
また、こういう「目に見えないもの」「耳に聞こえないもの」などを、感じる五感が
「現代人」には失われていて、「え・・ほんと?」というようなバリアをはっている人が
多い。そんなもの「ほどく」と、仏の世界が見えるようになるのに・・

植物は人間と違って、「疑うこころ」(邪心がない。写真はある)ので、何度やっても
同じ結果になる。そして、この実験をやっている時に、一番「うめ星」がいい人たちに嫁いでいく。

中学の理科で「植物を育てる十元素(ジュウゲンソ)」というのを勉強したと思う。
ぼくの通った北九州市立引野中学校の近くに寺子屋のような「塾」があった。
スパルタ形式の厳しい塾だったけど、ほかの中学からも通ってきていて、いろんな「枠」を
こえた教育方針やった。たとえば、「今日は憲法の前文をおぼえるぞ」
といって、「日本国民は・・・」を覚えるまで帰れない・・・そんな変わった塾。

その塾で十元素を1分で覚えるコツを習った。痴呆の近くなった脳みそでも3分で覚えられる。
「マグチョンスピクcAfe」だ。下のカッコ内のアルファベットを続けて読む。
緑(植物)の重要性・・から自分たちの命と繋がっていくまで読むと、人生が豊かになるのであ~る。

マグネスウム(Mg) 炭素(C) 水(H) 酸素(O) 窒素(N) 硫黄(S) リン(p)
カリウム(K) カルシウム(Ca) 鉄(Fe)

これも大事なことやけど、十元素だけではだめらしい。「風」とか「愛」がないといけないそうだ。
「うめ星」には、この星にはないそんな「風」とか「愛」が含まれているのかもなんばん。

今日は日曜日なので、いつものように16時閉店。
それから「能登前鮨を自分でにぎるかい」だ。

明日の朝は「卵かけごはん」

今日は「まさこ」のライブ 16時閉店

国貞雅子のライブがある。
2007年の4月1日に押上の天真庵がスタートした。
池袋では平成7年から始まった。平成、令和とふたつの時代を生き抜いて(まだ半月くらいあるけど)いる。
「一年もったら、ジャズのミュージシャンをプレゼントする」と、親友でBCNというコンピュータ業界の新聞社に専務だった
吉若徹(熊本出身・あだ名がワカ)が酔った勢いで約束し、次の年の4月に、やってきた一人が国貞雅子だった。

その時は荒武くんが自分のキーボードを持参して演奏してくれた。みんな若くて、大いに酒を飲んで
誰ともなく「天真庵をニューヨークにもっていこう」とか「みんなでカンパしてピアノを入れよう」
などと叫んだ。そんな声を近所の人が伝え聞き、「母が使っていたピアノをおいてもらえませんか?」
といわれ、昭和35年生まれのカイザーが天真庵に鎮座した。それから、神が憑依いたように、そのピアノ
にいろんなミュージシャンがやってくるようになった。
今本屋に並んでいる「東京古民家カフェ時間」(世界文化社 川口葉子著)に、そんな話が紹介されている。
それから毎年、いろいろなピアニストをひっさげて、天真庵でジャズを歌ってくれた。

2011の1月に若くして
ワカが旅立った。享年56歳やった。食道がんの手術をした後も、毎週そばを手繰りにきてくれた。
煎茶も熱心に習いにきて、下手やったけど蕎麦打ちも研鑽を重ねたけど、「熊本でそばやをやる」
という夢は夢で終わった。でもコンピュータの世界では一花咲かせて昇華した人生。

海の日に毎年ライブをやってくれるジャズピアニストの大石学さん、天真庵で25回も
ライブをやってくれたN響の山根さん、国貞雅子・・・3人とも山口出身で、しかも音楽の先生が
同じ、ということが5年くらい前にわかった。「無駄のない縁」で繋がっている。

27日も「不思議な縁」で繋がった成川さんのギターライブ。「おぶせびと」で検索すると、
彼のギターの音が聴ける。次元の違った世界に誘われる。
ぼくの実家がある宗像の宗像大社の隣に「鎮国寺」がある。空海が高野山より前に
建立した名刹。そこで毎年奉納ギターをやっておられる。

明日は日曜日なので16時閉店。それから「能登前鮨を自分でにぎるかい」。
天真庵のHPで「遊山」という部屋がある。そこに「本まぐろ」の解体ショーを
さっちゃんが写真をとってくれて、アップした。

6日(土) 国貞 雅子 ソロ LIVE

演奏:国貞 雅子(歌・ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

27日(土) 成川正憲ギターライブ

演奏:成川正憲(ギター)

19時開場 19時半開演 ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

またまた一楽

北九州の引野小学校の演劇部の同窓会を横浜の蕎麦屋でやった。
ぼくのあだ名は「のんちん」。小倉あたりで珈琲屋をやる時があれば「珈琲 のんちん」
にしようか、と密かに思っている。
「まっちゃん」と「まったい」という、松を冠する苗字のふたりの竹馬の友と、
昔の話をつまみに、そば前の田酒を酌み交わした後、〆のそばを手繰った。「またまた一楽」
用事でこれんかったけど、「すえくん」も同じ演劇部。衆議院議員の末松義規くん。

演劇部の先生は「福田先生」。国語の先生。この先生の授業で「起承転結」の代表作、
ということで、頼山陽の詩を黒板に書いた姿を、映画か演劇を見たように、鮮明に覚えている。
大学を京都にしたのも、その後煎茶を学び、お茶の教室までやるようになったのも、先生のおかげだ。
(頼山陽の書斎の「山紫水明どころ」(京都)というのが、煎茶をする空間のしつらえの模範みたいになっているし、
大分の田能村竹田との書簡「亦復一楽帖」が、煎茶の精神の最高峰になって国宝になっている)「お茶を飲む またまた一楽」

京都三条の糸屋の娘(起)
姉は十八 妹は十五(承)
諸国大名は弓矢で殺す(転)
糸屋の娘は 目で殺す(結)

北九州の運動会の「騎馬戦」は「川中島」という。信玄、謙信の地元ではなくなぜ?
これも頼山陽先生のファンが教育委員会かなんかにいたのだろう、と勝手に思う。

頼山陽の漢詩の一節「鞭声粛々(べんせいしゅくしゅく)夜河を渡る」は、川中島 の戦いで上杉謙信が秘かに千曲川を静かに渡る様子を表わしている。
最近は、芸のない政治家が「しゅくしゅくと」とかいって、言い訳にならぬ答弁に使われることが多いけど、
昔は、詩吟をする大先輩が、騎馬戦の時に大きな声で、これを吟じた。向田邦子さんは「おなかをこわして、便がゆるくて、しゅくしゅくと音がした」
と想像していた、みたいなことがエッセーにあった。こちらのほうがおもしろい。
大分の耶馬渓(やばけい)も頼山陽が命名し、南島原の「青一髪」という焼酎も彼の漢詩から命名された。

四季折々の季節を楽しみ、茶やお酒と人と自然を愛し、日常のささいな出来事に「またまた一楽」という風雅を見つける。
先人たちの生きざまには、学ぶこと多し、である。

橘曙覧の独楽吟 というのもいい。「楽しみは・・・」から始まる詩。

楽しみは 朝おきいでて 昨日まで 無かりし花の 咲ける見る時(橘曙覧)

生きているうちに「楽しみ」をいっぱい見つけたいものだ。「これまた一楽」

明日は国貞雅子のライブがあるので16時閉店。音楽を楽しむ「これまた一楽」

平成最後の女子会

昨日は「長屋で女史会」だった。花冷えする上に雨も降ったけど、会は盛り上がった。
歴史というのは、その時の権力者の力でねつ造されたものが多い歴史でもある。
なんか鼻につくものが多く、学校の教科書も本もあまり読んだことがない。
実家には、「いつか読もう」と思って買っていた「新平家物語」の全巻が
本箱に並んでいたが、こないだ里帰りした時に近くの「ブックホフ」に売りにいった。

でもこの「長屋で女史会」というのは、コペルニクス的な発想で「女」に焦点をあて、
古代からの「女」について、謎解きをするようなおもしろさがあり、あれよあれよ、で
6年も続いている。平成から令和になっても、会も続くし、男と女のいとなみも続いていく。
令和になってからは「信長のおんな」「秀吉のおんな」「家康のおんな」についてのお話らしい。

鳴かざれば 殺してしまえ ほととぎす(信長)
鳴かざれば 鳴かしてしまえ ほととぎす(秀吉)
鳴かざれば 鳴くまでまとう ほととぎす(家康)

ほとぎすを「おんな」におきかえるだけでは、すまないおもしろい逸話がありそうだ。

今日は「英語でそば会」
木曜日が「そったく焙煎塾」夜が「おとこかっぽれ」
土曜日が「国貞雅子ライブ」

なんでんかんでん

天真庵の前に「アコレ」というスーパーがある。
「あれこれ売ってる」という意味らしい。

「なんでんかんでん」というラーメン屋があった。
「なんでもかんでも」という博多弁。店主の川原氏は県人会でいっしょだったので、
よく飲んだりした。「はやりすぎ?」で突然店を閉めたけど、昨年阿佐ヶ谷で復活したらしい。

秋葉原でコンピュータの会社を興した1週間後に近くに「じゃんがらラーメン」が創業した。
最初は「汁がなくなるまで営業します」という姿勢だった。ぼくも創業期は徹夜になったりする毎日だったので、
おそくまで暖簾がでている店が近くにできて重宝していたけど、すぐに行列ができる店になった。

西荻の「ひごもんず」も不思議な縁でつながっている。熊本県人会の青年部が「ひごもんず」と
いう名前で、ねっと21の会員でもあったAくん(初代ひごもんず会長)が命名した。その会に入っていた店主
が、その名前を使うことを許され、今では多店舗経営する代表的な九州ラーメンのお店に育った。

還暦過ぎるとラーメンを食べる、というのは年に数回くらいしかない。(もともとそれくらいかも)
今は近くの平井にある「やなか草」に年一くらいで食べにいくことがある。遠い親戚が経営している。

今月は能登で筍で「めんま」を作ろうと思っている。
今日は新元号が発表される。「天真」になったら、「天真そば」とかいって、
麺はそば、そこに「めんま」などいれた「味蕎麦ーメン」でも開発してメニューに
入れようか?など思っている。ウソ。天真庵のTが大正のTと重なるので、ぜったいにありえない。

今日は「長屋で女史会」
明日が「英語でそば会」
木曜日が「おとこかっぽれ」