東京にいる時は、朝散歩しながら香取神社にお参りするのが押上に移ってから
「ならわし」になっている。能登にいる時は、藤懸神社というのが近くにあり、
そこにお参りするのが「ならわし」になった。何を祈るわけでもないけど、「今日
も生かされていて、感謝」みたいな気持ちを持って、頭をペコンと下げる。
「能登富士」といわれて、昔から北前船の目印にもなり、信仰の対象になっている神社も
近くにある。たまたま宮司さんを知っていたので、時々お参りにいく。車で能登に到着
するときも、凛とした富士山みたいな風貌なので、頭をペコンと下げる。
今朝も天気予報は雨だったけど、☀ていたので、畑に鍬を入れる。車庫の後ろにある畑は、
20年くらい耕していなにので、開拓民よろしく、根がはった蔓や石などを捨てながら、土を
耕している。そこにきれいなサツキが植えてあって、昨年は蔓におおわれていたのを、一日かかりで取り除い
てやったら、今年は元気になって、蘇りの緑をたたえ、五月を待っているようだ。
今朝はそのサツキの周りの土を耕した。まるで蘇りの「始球式」。啓蟄も過ぎたので、みみずが動いている。
みみずのいる土はいい土。そんなことを思いながら、もうひと鍬入れてみたら、冬眠していた
かえるがでてきて、アクビをした。鍬にあたらなくてよかった。そうろうと、もとのように土の
ふとんをのせてあげた。虫もかえるも魚たちも、みな生きとし生けるもの、仲間たちだ。
縄文人たちは、男が狩猟にでかけ、女たちが土をこねて祭器のような縄文土器をつくり、男
たちの無事と生活の糧を祈った。魚を捕ったり、イルカを捕獲したり、それを料理したり、
料理する器をつくったりする「日常そのもの」が祈りだったのだろう。
日本人の宗教観というのは、その時のまんまだ。ということは「芸術」もしかり。
いつしか分業があたり前になり、「仕事を探す」ようになったり、「仕事を紹介する仕事」ができたり、
今ではその一翼をAIがやったりする時代が到来している。
でも本来は、仕事の中に、祈りや命や人生そのものが内包していたのではないか。
晴耕雨哲、な生活をしていると、そんなことが、土の中から聞こえてくる。
「生きていく」そのものが仕事であり、祈りなのではなかろうか。日々是好日。