今日まで通常営業 明日からは「年越しそば」モード

水曜日は歯医者にいって、夜がかっぽれ。
なほちゃんが、ピアノを弾いてくれたり、けいちゃんが三味線で端唄をやってくれたり、
にぎやかな忘年会になった。みんなかなり飲んでいったけど、十間橋から飛び降りたりするほどバカく
ないので大丈夫。

昨日は酒々井の蕎麦屋「蕎麦みなもと」に年越しそば用の蕎麦をとりにいった。近くにアウトレットができたりして、
道が整備され、インターからのアクセスがすごくよくなってきた。開店以来12年そば粉をお世話に
なっているお店。お店の前がそば畑。秋には白い花の絨毯ができ、日本ミツバチが楽しげに遊んでいる。

13年くらい前。目白の「ヨネクラボクシング」(会長の体調不良で昨年緞帳を下げた)で汗をかいた後、
「S」さんという骨董屋で四方山話をしていた。彼は「使い古した珈琲屋のネル」に美を見出すような不思議な人で、その世界では重鎮である。
よくその世界では「用の美」というけど、「用の後の美」みたいな・・
寿司は博多のYがいい、なんていう話になり、「蕎麦は?」と聞くと、にやりと笑い、「この近くのIというところが美味い。女性が打つのですが・・」
ということになった。さっそくその足でIにいき、蕎麦を手繰る。さすがsさんの舌を魅了した味だった。そこの美人女将が毎日打って
いた蕎麦が「みなもと」のそば粉だった。その縁で天真庵では12年間、酒々井産の蕎麦粉を使っている。

あれから時が12年、つまり干支がひとまわりした。
Iもお店を閉店し、ぼくに蕎麦を教えてくれた高橋さんも体調をこわし、九州の蕎麦屋は開店休業のような次第。
ネルドリップの博多の「美味」のマスターも鬼籍にはいられた。寿司屋のYは、星野村の茶会であったきりだが、お店は
相変わらず繁盛している様子。ただし、半分が中国人、というのも、時代の流れかもなんばん。

来年の干支は猪。先月、能登の家の畑を耕してくれた形跡がある。あちこちで畑を荒らしているようだ。
そばも芽がでると、鹿に食べられたり、その後に🐗がきたり、で大変らしい。
でも結局は、この地球の環境を破壊してきたぼくたち人間のツケだ。
電気を張り巡らせた柵をつくる。その中で畑作業をしていると、まるで「人間のいる動物園」だ。
よくよく鳥瞰図みたいな視点で眺めてみると、私たちの住んでいるところは、みな動物園かも。
とくに東京は「世界一」なんじゃない?いろんなめずらしい国から、いろんな種類の「にんげん」が集まっている。

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