ハムエッグは醤油 タコガレはソースがいい?

これから能登を出発して、福岡へ...
「松の手入れ」である。来月は能登町の梅茶翁の梅林の剪定にくる。
あとは、筍の仕事をすると「松竹梅」だ。

東京にもどる時は、ブレーカーを落とし、水道の元栓もとめる。
冷蔵庫の中もからっぽにしてでる。
今朝は、たこのあまりで「たこがれ」をつくり、残った卵2個とハムで
「標準的なガレット」をつくって、ほぼブラジルと、デザートは倉庫の畑にある
「残り柿」を食した。

普通のガレットは、「かえし」で食べるのがいいけど、「タコガレ」は、ソースと
マヨで「お好み焼き風」にするほうがおいしい。東京だと、徒歩3分内にコンビニ
があるが、今朝は歩いて20分のおじいちゃんのお店に「ソース」を買いにいく。
途中港の岸壁を歩きながら散歩していたら、タコが泳いでいるのが見えた。
「突然見えるようになる」と、蛸とり名人のじいちゃんがいってたけど、老眼で「目があがりそう」な
目にタコが見えた。まわり道も楽し、不便な生活も楽し・・・

じいちゃんところでは、「映画の話」で30分。一番最初は、横綱の「輪島」が亡くなった次の日だったので
「相撲の話で30分」。松本清張の「ゼロの焦点」のヤセの断崖が近くにあるので、その映画のロケ
の話で盛り上がった。「佐久間良子がきれいやった」と、じいちゃんの目が少年のように輝いた。
「ヤセの断崖」は、その映画と小説のおかげで、二時間ドラマのクライマックスは、ほとんどが海ベのがっけぷち
が舞台になったり、あまり報道されないけど、自殺の名所になった。

ひと昔前は、看板がでていて「大切な命。もういちど考えて」みたいな標語がかかっていたらしい。
生きて死んでいく間はあっという間だけど、ときどき「どないしょう」とか極まったりすることが
あるけど、「なんにもない人生なんて、退屈でどうしようもない」。
みんな人間関係とか仕事やお金や病気で悩んだりするけど、「それが人生」かもなんばん。感謝。

いのししさんが、畑仕事を手伝ってくれる?

先月、車庫の後ろの畑の背高泡立ち草を抜いた。
冬までにそこの畑を耕そうと思っている。
つるにおおわれたサツキが、つるからほどいてあげたら、
すごく元気になった。「ほどく」というのは、「仏」のことだま。
いろんな柵(しがらみ)をほどく、と楽になることが多い。

親を択んで生まれてこない。同様に子供も択んでいるわけでもない。
生きたり、死んだりする間に、いろんなことがあるけど、病気も
自分で「がんになりたい」とか「心筋梗塞になりたい」とか択んでいるわけでも
ないのに、ときどき「病気になる」。それら択んでもないのに、おきることを
「神様からの授かりもの」として、日本人は縄文時代あたりから生きてきたように思う。
「おきることはみな必然」で、意味のないことなど何もない。
わたくしたちの「宗教観」というのは、縄文のDNAが刻まれているようだ。

昨日、倉庫を掃除して、車を入りやすくした。冬の能登は風が強く、車が塩害に
さらせれるので、東京育ちの車には過酷なので、シャッターのある車庫に入れることにした。
わずか5坪くらいの車庫だけど、躯体がしっかりしていて、ロフトもついている。
寒山拾得美術館は建坪が100坪強あるけど、ぼくは「小屋好き」で、時間があると、
そちらにいって、「ここに焙煎機をおき・・・ここに椅子とテーブルは今、足立くん
に依頼していて・・・」とか、ここに五右衛門風呂を作るか?とか、
畑が後ろにあるので、もうひとつ「コンポストトイレ」を作るか?」とかいろいろ夢想しながら、
無窓の小屋で珈琲を飲んだりする時間が多い。

昨日は鍬で畑を耕した。「?」と思った。雑草は刈り、さつきのつるははがしたけど、畑を耕した
おぼえがない。すると隣の畑にいたおばあちゃんが「いのししの親子が先日きて、土を掘り返した」
とのこと。「・・・・」なんと答えたらいいのか、わからなかった。
「根っこまで掘っていく。自分でそこまで耕すのは大変だから、イノシイが手伝ってくれた、と思えばいい」
と。さすが、厳しい自然にふれあいながら生きてきた人の言葉だ。感謝。
なるほど、自分で鍬を入れてみると、竹や背高泡立ち草の太い根っこは掘り起こすのに、かなりの力がいる。

いろいろな人に助けてもらいながら、田舎暮らしの「見習い中」なのであーる。

まだスイッチングが下手

月の中あたりに10日ほど能登暮らし。
東京では、朝から蕎麦を打ち、夜はなにか寺子屋があるので、
夕食は、「月イチ集まる家族」の団欒のような感じになる。
昼はぬいて、一日二食が基本。

能登には常備の食材をおいていない。縄文人よろしく、その日に
捕れた魚や畑の野菜と相談しながらきめる。
でも、今のところ、東京から持ってくる珈琲豆と原始的なぶつぶつ交換で、
野菜や魚を調達している。

昨日、「梅茶翁」でそば会の準備をしていたら、お隣のおばあちゃんから電話。
「蛸がとれたので、塩ゆでしてもっていくので、玄関をあけて・・」とのこと。
蕎麦会があるので、夕方にもどる旨の返事をしたら、「了解しました」とのこと。
予定通り約35人の蕎麦会を終え、帰宅。そばを3人前もって、お隣にご挨拶。
今朝まで家の前の日本海で泳いでいた蛸がまるごと、塩ゆでされていた。
こんな幸せなぶつぶつ交換はない。「一回はタコマリネにして」といって、
無農薬野菜を山盛りくれた。

蛸を塩ゆでする。口というか水を吹くとこの後ろあたりの内臓を手でとり、
足の付け根の口をとり、塩をまぶして、目の前後を包丁で落とし、
足は日本づつきって、お湯に入れる・・・・というのが自分流。

でもおばあちゃんは、「姿ゆで」なのだ。頭を落としていないのに、「目」
がとれている。座頭ダコ?まさか・・・
こんど詳しくさばきかたを聞いてみたいと思う。海にいったら蛸が見えたので、蛸網(タコつぼではなく、そのようなものがあるらしい)
で捕った、とのこと。海の近くで生まれ育った人たちの漁の技は、スゴイ。

昨日はそれを酒肴に、竹葉のぬる燗を飲んだ。炭火の囲炉裏に南部鉄瓶をのせ、そこに角居くんの錫のチロリ。
燗あがりしたら、久保さんの緋襷(ひだすき)の徳利に移し替え、志野のぐいのみで飲む。東京と同じ
酒器たちだが、新米のように新しい味がする。

今朝は「蛸飯」にした。能登の新米にたこぶつをのせ、甘醤油(鳥そばなどをつくる「かえし」)で土鍋で15分。
焚いている間に涎がでてくる。♪タコタコタコの足・・・味か・・

能登里山そば

今日は「梅茶翁」でそば会。
昨日から「ペチカ」のワークショップをやっている。
全国津々浦々、スイッチひとつで冷暖房ができる暮らしになっている。
「一億総パリティー」な快適な暮らし。「総活躍」もおかしいけど、それって何?という感じ。

でも、想定外の大雨や台風や、いつどこで起きても「日常茶飯」な地震
で、ライフラインという「便利な暮らし」に「?」を感じる人が増えてきた。
だって、電気や水道がとまったら、体にたまっているうんこやしっこのいき場所がなくなるし、
命をつむいでいく「食」の台所が機能しなくなる。でも「みんなで、そんなことはない、と思えば、怖くない?」

今朝6時に志賀町の蟄居を出て、梅茶翁に向かう。能登の里山も紅葉している。NHKFMからは
「バロック音楽」が流れている。この世の「終わり」のような調べでもあるし、「終わりは始まり」
のような高揚感にも満ちている。ようは、「こころのおきどころ」が肝心。

7時に「マルガージェラート」の看板を目印にし、梅茶翁に到着。玄関横の畑に、6つのテント!
10日間のワークショップに、野営組が6組!
スゴイ!ちょっと前の「キャンプブーム」は、「住まう」ことと「キャンプする」ことは、
日常と非日常、都会と田舎くらい隔離されていた。でもよくよく考えてみると、家やマンションに住んで
いるといっても、その下には、「大地の布団」のように、地面があるわけだし、その上に「テント」か「家(マンション)」
といっても、目くそ鼻くそくらいの違いしかない。

朝飯をつくる。「おにぎり」と「味噌汁」。
最後の晩餐が「それ」になっても何の不足もない、くらい、美味い。
特に、空気のいい田舎の自然にふれながら、野鳥の声をBGMに喰らう「めし」
に勝るものはない。

10時から「ペチカ」の講習。無駄のない不思議な縁で「ペチカの作り方教室」に集まってくる人
たちの目が真剣。たぶん、明治維新の時に、外国に留学して、「これからの日本」を真剣に考えて
いた人たちの目も、そんな目をしたに違いない。

「ひと昔前の暮らし」に戻す、というのは、今はやりの「エコ」に適していることが多い。
でも、便利な生活を不便な生活に戻す、というのは、生活保護を受けている人が、生活保護を放棄
すつように、難しいことでもある。何といっても現代は忙しい。朝飯前どころか、朝飯を食うゆとりさへも失われているのだ。

でも今日、全国から集まった人らと、朝飯を食べ、同じ釜の「そば」を喰いながら、思ったことがある。
ひと昔前には、「結」(ゆい)といって、協力しながら米をつくったり、藁葺屋根をつくったり、能登では
冬の風よけの竹の防風をみなでつくった。そんな「協力し合う気持ち」というのが、日本人の「こころ」
の根底にずしっとあったような気がする。だから都会で便利な暮らしをしていた人が、田舎に移住し、
自分らでできる手仕事で古い家を改装(ねこも杓子もリノベーション、とかいっているけど、この言葉
はマスターベーションを連想させる。そんなペラッペラなことではない。生活をつくっていく手仕事)
し、畑を耕し、持続可能な暮らしを目指して汗をかきながら生きている。

畑を耕すことを知らず死んでいく人は「不耕な人」だ。
海で釣りをやらすに死んでいく人は「つれない人」だ。
自然にふれることなく死んでいく人は「不自然な人」だ。

蕎麦会を終え、車の中で「おぶせびと」を聴きながら、そんなことを「哲」した日。日日是好日。

長屋Live (2018年12月スケジュール)

5日(水) 国貞 雅子 ソロ LIVE !!<(_ _)>満席!!

演奏:国貞 雅子(歌・ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

8日(土) 杉山千絵&大石 学 LIVE

演奏:杉山千絵(ヴォーカル)大石 学(ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥5,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

22(土) ゆさそばライブ

演奏:ゆさ(ヴァイオリン)・しょうご(ピアノ)・津田りつ子(パーカッション)

19時開場 19時半開演 ¥4,000(蕎麦・珈琲・付き)

♪かにかにかにの足・・・

北陸のズワイガニが解禁になったというラジオのニュース。
IT業界に身をおいていたころ、黒部の会社とつきあいが深かった。
一度、ズワイガニを喰わせる宿にいったことがある。
九州にもかに食う客がいるが、あまりしゃべれなくなるのがいや?
なのか、好んで食べないように思う。ぼくもその部類に属し、好んでかにを喰う客ではない。

その旅館(名前は忘れた)けど、開高健が泊まって揮毫したものを
石に刻んで飾っていた、そんな記憶がある。
4年くらい前、ベトナムでそば打ちをやった時、開高健がベトナム戦争を取材して
時によくいったバーにいった。その命がけの仕事を終え、帰国し骨休めに越前ガニを
食べにいった、そんな話だった。

明日から能登にいく。三輪福さんとこの「ペチカのワークショップ」も人気沸騰で
20人の蕎麦会が30人を超えた、ということらしい。そんなメールがきた。
最近また「この町に住みたい」という若いくんが多くなってきた。そんな若いくん
たちに「ペチカ」の話をすると「?」な顔をする。

北原白秋の詩でこんな有名な童謡がある。知らない若者が多くて動揺する・・

♪雪の降る夜は 楽しいペチカ ペチカ燃えろよ お話しましょ 昔 昔 よ 燃えろよペチカ
雪の降る夜は 楽しいペチカ ペチカ燃えろよ 表は …

今日の夜は「英語でそば会」

長屋Live (2018年12月スケジュール)

5日(水) 国貞 雅子 ソロ LIVE !!<(_ _)>満席!!

演奏:国貞 雅子(歌・ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

8日(土) 杉山千絵&大石 学 LIVE

演奏:杉山千絵(ヴォーカル)大石 学(ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥5,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

22(土) ゆさそばライブ

演奏:ゆさ(ヴァイオリン)・しょうご(ピアノ)・津田りつ子(パーカッション)

19時開場 19時半開演 ¥4,000(蕎麦・珈琲・付き)

暮らしの実験室

天真庵のHPに「八郷(やさと)農場 暮らしの実験室」というのがある。
毎年新蕎麦の季節になると、その農場でとれた新そばのイベントがあり、
蕎麦打ちに参上するのがならわしになっている。今年は12月の第一日曜日。
「食べるだけ」でもOK農場。参加希望者は、農場に連絡してください。
「野菜の注文」もそこでできます。「今まで食べてきた野菜は、もどき野菜?」
という感じになる。

だいたい今の季節は蕎麦屋に「新そば」という張り紙がでる。どうも今年は
元気がない。夏の猛暑、台風、豪雨のため、北海道がダメで、ほかの地域も
収穫が微妙らしい。「自然」のも、というのは、工業製品のそれとは違うので
しかたのないことではある。

今朝の卵かけごはんは、八郷農場のを使っている。味噌汁の中身の白菜やニンジンなども
そうであ~る。鶏も平飼いされているし、♂もいっしょに小屋に入っている。餌は無農薬の野菜。
だから♀たちは、ときどきエッチもでき、元気な有精卵を産む。
野菜や鶏も、遺伝子を組み替えられたり、狭い場所に電気をひがなつけられたり、あやしい薬つけの飼料
で育てられたり・・・・都会では「消費オンリー」なので、そんなレベルのものをブロイラーのにわとり
よろしく、人間もついばんで、鳥小屋みたいにおしくらまんじゅうおされて泣くな、の満員電車で
往復する。月曜日はそんな日常の始まりの日だ。みんなご苦労様です、ほんま。

天真庵には、子育て中のママや、イクメン中のパパなどが、よくこられる。
我が国の首相が「待機児童ゼロ」とか「介護離職ゼロ」とか「一億総活躍」
とか、まったく根拠のない公約をかかげるけど、いっこうにそんな風になっていないのが実情だ。
あれはひょっとしたら、自分が「阿部マリアだ」とか思っているのだろうか?
どこかの国の演説で「わたしは、アベマリアの生まれかわり、で、あります。」なんていいながら
お金をばらまいたり・・・そこまでいくと変態、で、あべまする。

今朝は「卵かけごはん」 二階では「満つまめの会」 夜は「長屋で女史会」
明後日は「英語でそば会」  最近朝散歩をしていても、外国人が目立つようになってきた。
ゲストハウスや民泊をやるところが目白押上。岩本先生がゲストハウスをしたら、外人は
よろこぶに違いない。

松も手入れ

今週の水曜日から、能登と九州にいってくる。
昨日、サントリーホールで三輪福さんたちが、素敵なコンサートをやった。
その三輪福さんが今週能登の「梅茶翁」でペチカをつくるワークショップをやる。
全国から希望者が20人くらい集まり、木曜日はそこで「蕎麦会」をやることにあいなった。
どんな人たちと出会うことになるか、うきうきしている。
「自分でできることは、自分でする」という暮らしにシフトすると、いろいろなコトやモノ
やヒトが集まってくる。

能登の冬は東京より寒い。でもその寒さの中に、こころあたたまる「物語美術館」
みたいなものが構築されていくのであーる。
明後日、冬用タイヤに履き替えて、出発。
寒山美術館の前の海では「タコ」が釣れているらしい。
「タコヤン」という新兵器のエビの形をしたエギを錦糸町の釣具屋でゲット。
「エビでタコを釣る」・・・・釣れたタコで、あこがれの「タコガレ」(タコのガレット)
をつくる。そんな「新しい六次産業」をのはじまりはじまり、なのである。
たこさん釣れますように・・・

その後は九州の実家の松の手入れ。半世紀近く松を育てた主が召されたけど、
5本の松がぼくを待つ。お花のお稽古と同じで、理屈やハウツーではない領域のコト
でもあるし、やっていてなかなか奥も深くおもしろい。この星で一番最初にできた植物は「松」だ。
元気なうちは、能登と福岡と東京の「三か所暮らし」になりそうだ。
これから、実家が空き家になったり、庭の手入れができない、ような人もおおかろう。
庭木の中でも中心にある「松」の手入れは、若いうちに身につけているといい。

今日は日曜日なので16時閉店。昨日「蕎麦打ち教室」をやったので、本日は休講。
明日の朝は「卵かけごはん」夜は「長屋で女史会」
明後日は「英語でそば会」  最近朝散歩をしていても、外国人が目立つようになってきた。
ゲストハウスや民泊をやるところが目白押上。
「英語」がますます必要になってきそうな時代やね。

ゲイ一筋

あちらのゲイではない。芸。
邦楽の家元でときどき天真庵に蕎麦を手繰りにくるエライ先生がいる。
生まれた時からその道をいく天命と店名みたいな家柄のボンでもある。
行きつけの骨董屋のオヤジが連れてきた不思議な縁でつながっている。

「秋は酒だね」なんていいながら、独酌をする姿は、歌舞伎役者の
ように、さまになっている。久保さんの鼠志野のぐいのみを贔屓にしていて、
親指とひとさし指でつまんで、真ん中より少し親指がわに口をつける。
少し浅めのぐいのみに入った「ちえびじん」をくいっと飲む。なんとも絵になるのだ。

3合くらい飲まれた時に、ぼうテレビ局の重役がひょっこりのれんをくぐって入ってきた。
彼は池袋の天真庵にいつもなぜだか「天狗舞」という石川の酒をぶらさげてやってきた。
早稲田大学時代に演歌歌手をめざして修行をしていた奇人でもある。
同じく「ちえびじん」を久保さんの織部の六角杯で飲みはじめた。

このふたりが、あわないわけがない。1時間後には、4席はなれて座っていたのが、
隣同志になり、さしつさされつで、トラトーラオートラ。
カウンターの中で仕事をしていながら、お座敷遊びをしている風情を楽しんだ。

重役さんはぼくよりひとつ下で今年還暦。邦楽生は、再来年還暦。
つまりぼくがほんの少し先輩になる。
邦楽生は、テレビマンのことを「にいさん」「にいさん」と呼びながら酒を飲む。
そしてたったみっつ年上のぼくのことを「おとうさん」と呼ぶ。
これも長い芸の道で学んだ処世術なのだろうか、と、ふたりの奇妙なおとうと、むすこ
の楽しそうに酩酊した顔をながめていた。

♪みっつ違いの兄(アニ)さんと・・・   あとかたづけをしながら、知らないうちに口づさんでいた!

「壺坂霊験記」(つぼさかれいげんき)という浄瑠璃の有名な台詞で歌舞伎などでもつかわれた。昭和の良き時代に京都のや東京でも
ちょっとしたお店でよく聞いた下りである。今は昔だな~

今日は「満つまめの会」  夜、蕎麦打ちもある。

道具自慢

火曜日は「書の会」だった。例の「端渓の硯」を見えると、文人墨客たちが
羨望の目で見るに違いないので、車の中の茶箱に、お茶道具といっしょに
忍ばせて、能登の寒山拾得美術館にそっともってこうと思っていた。

でも貞本先生と剣菱を酌み交わしているうちに、つい口がすべって、というか、
自慢したくなって、車からもってきてみんなで拝見会とあいなった。
間違いなく「端渓の硯」だそうだ。さっそく墨をすり、みんなで書をかいた。

煎茶の流派によっては、文房四宝を飾ったり、みなで書をしながらお茶を喫する
ような手前もある。「自由で優美である」
少し寒くなってきた。いい水を沸かし、お茶を飲む。「活力」が体の底からふつふつ
と湧き上がってくる。そんなすばらしい日常茶飯が、日本の暮らしから消えてひさしい。

床の間には、荒木十畝(じっぽ)の軸をかけている。硯のじいちゃんが
くれたもの。「これは山種美術館あたりに飾っているような、いいもんなので、もっていかれたら・・」
と諭したが「いらねえ、あまえにやる」といってきかなかった。
蓮の葉にセキレイがとまっている絵。十畝は「鳥」が上手だった。
久保さんの織部の蓮皿におひがしをのせ、掛け軸の前にお茶といっしょに手向けた。

昨日からくだんのじいちゃんは新天地に暮している。じいちゃんが生まれ育ち、子を育てた
家も解体され、更地になり、新しいフェンスで囲いがしてある。
まるで、クリックして「うわがき」するごとく、町の景色がかわっていく。
どの時代もこうやって、町の景色は移りかわっていったのだろう。
取り壊される寸前に、じいちゃんと出会い、かかわりをもった分、実に感傷的な秋になった。

昨日から11月。水曜日が「おんなかっぽれ」昨日が「おとこかっぽれ」
10月のおわりと11月のはじまりが「かっぽれ」になった。
暮れが近づくと、かっぽれの先生の指導がきびしく?なり、昨日は浴衣が汗でぬれた。
われらの先生は、サマーズの三村氏のおばさん。この人もまた芸に命をかけている人だ。