人は犬に食われる自由がある

宗像大社の写真をとったカメラマンの藤原しんやさんが、昔
インドのガンジス川で死体の足(弔いのため)を加える犬の
写真を、そのように形容した。言い得て妙だ。
もっとも、最近は鳥葬にしようとしても、鳥は人間を喰わないらしい。
いろんな添加物を摂取しているので、まずくなっているそうだ。

昨日は東京から知り合いの大社長が、寒山拾得美術館に足を運んでくれた。
金沢で打ち合わせがあるらしく、新幹線と在来を乗り継ぎ、「羽咋」(はくい)
という最寄りの駅(といっても、そこまで車で約50分かかる)まできてくれたので、
迎えにいった。

どこでも、そのような似た伝説があるが、「昔昔、その界隈には人を襲う大鷲がいて、
村の人がこまっていた。ある日、小助さんちのゴン(ポチだと弱そう?)という犬が、
その鷲の羽をがぶりと食って退治してくれた。」(羽喰い・・・から羽咋になった)
そんな話である。

羽咋の駅にいくと、「コスモアイル」のポスターが貼ってあったり、UFOの
ロゴが目立ったりしている。つまり、昔からUFOの伝説があったり、神社にそれらしき文献が
残っていたりするそうだ。そこで町おこしに「UFO」が一躍をかっている街。
駅の改札のベルも「ピンクレディーのUFO」(これは、ウソ)

その仕掛人の「スーパー公務員」と呼ばれた(もう定年退職された)人が、次に奇跡のリンゴの木村さん
をよんで、この街を「自然農の聖地」みたいにし、お米はローマ法王に手紙を書いて奉納したり、
世界的というか宇宙的な村おこしをやったカリスマさんである。

東京から金沢まで2時間半くらいでこれるようになった。兼六園もなんやら市場もおもしろいけど、
どうぞ一歩足を延ばして、羽咋にこられるのをおすすめする。
そこからバスを乗り継いで、「前浜」というバス亭までくると、そこから3分くらいで「寒山拾得美術館」
ただし、月に10日くらいしかここにはいないので、事前にお電話をいただきたい。
池袋時代の「画廊 天真」は10年やって、一見さんは4人しかこんかった。
「さいはて」のような場所の「がけっぷち美術館」ではあるが、すでにその記録を更新(今日ふたりくるので)。
そのうち「20世紀美術館」と呼ばれるようななったり・・・・ぜったいにない・か?   

こちらにいると、「みつ豆」や「普茶の会」や「コンサート」の予約がいっぱいくる。
東京にいる間に「寒山拾得美術館」の予約が入るようになったら、往復ビンタみたいでここちよい。

12月5日に「国貞雅子のソロライブ」(一日でほぼ満席になった  おはやめに)
12月8日に国貞雅子の父?いや師匠の大石学&杉山千絵のジャズライブ
12月22日は「ゆさそば」(これは満席)

宿便がとれるごとく・・・

引っ越しのダンボール類が一昨日集荷にきて、今日は
「燃えるごみ」。東京のそれよりも、分別がこまかくて、まだ慣れて
いないけど、倉庫のゴミなんかもすっきりして、宿便がとれたようなスッキリ感。

昨日の夜、また隣のばあちゃんが「7はいしかとれんかったけど・・」といって、アオリイカを
二はいくれた。目が外人さんみたいに青い。さっそくさばいて、「竹葉」のぬる燗にして飲む。
こんな贅沢な酒肴はない。いつも使っている「かえし」にまだ透き通ったイカをつけてペロリ。
肉厚で少し硬い感じがするけど、かむと、海のにおいとやさしい甘さが口に広がる。
二合目は「日栄」をぬる燗にした。竹葉より辛口で、アオリイカにピッタリ。

今朝も波があたたかいので、波平さんたちが、朝6時の「さざえさんコール」より前に港をでていく音がする。
今日は東京の大手の社長が、天真庵にくる。どこかサテライトオフィスを模索しているようだ。
すすんだ会社のトップの人たちは、「人間の動物園」(ネイチャー ヒックスに書いてあった)みたいな東京
で社員たちを飼う、ことに疑問を感じ始めたようである。しごく当然のことだと思うけど・・

そんなわけで、今日は釣りにいかず、歩いて15分ほどの商店(こないだ輪島の話をした)にいき、
パンとジュースを買った。
あまり時間はないのだが、今日は「祭り」の話になった。近くの桜の木があるところには「保育園があった」
話などを20分くらい聞いた。「能登時間」はゆっくりしていて、自然も人もやさしい。
「能登はやさしや 土までも」という言葉が自然に伝わってくる。

明日の夕方、また「動物園」に向かって出発。住めば都。いたるところに青山あり か。

あてになる スケット

昨日は、東京から蕎麦のお弟子様が、倉庫の掃除のお手伝いにきてくれた。
梅林ガールズ(能登で梅仕事・・・剪定から梅採りから梅干しつくりもやる女子)のメンバーで
もある。
海まで歩いて3分。ということは、塩害もあり、昔は真垣といって、風をよける垣が
つくれれていた。隣との境もなく、みんな長屋よろしく共同でつくった。
そんな「つながる」営みみたいなものが、まだ暮らしの中に息づいているところがいい。

塩害に強い木がある。能登ひば。最高峰のやつを「あて」という。能登の天真庵も
「あて」がふんだんに使われている。あてになる強い味方。
車の車庫も塩害から守るため、みなドア付きの倉庫みたいになっている。
そこには、「あて」(たぶん、家をつくった時の廃材)で簀の子がつくられており、
その上にも材木がつまれていた。これを片づけると、車庫として使える。
昨日の午前中は、みんなでのこぎりもって、廃材のかたづけと簀の子の解体工事。
少し肌寒くなったけど、汗びっしょりになる。

お昼前にすっかりきれいになったので、海辺に泳ぎにいく。
海パンとビキニ・・・そんな季節はずれなことはしない。
北前船の資料館みたいなものがあり、豪商たちの家が残っている集落が
近くにある。その一角に今年できたお店の名前が「泳」。
ここに座っていると、日本海の荒波をへともせず、生きて暮らしてきた男たちの
ロマンが伝わってくる。庭も家のつくりや調度品も「品のいい芸術」が
いっぱいある。近頃の「なりきん」とは似て非なるものがある。

それから汗を流しに、「柳田温泉」でひとっぷろ(ここの温泉は、冬はとくにぽっかぽかが続く)
そして梅茶翁にいく。先客のお客さんに「さっき風呂でご一緒しましたね」といわれてびっくり。
風呂場でいっしょだったおじいちゃんと話がはずんで(おじいちゃんの腰痛がその温泉ですっかり完治した話を
20分くらいきいていた。方言がむずかしく、6割くらいしかわからず、あとは適当に「そうですか」なんていいながら聴いていた)
いたので、ほかの人には気づかなかった。
「梅シロップの葛湯」が美味かった。さすが梅茶翁だ。踊りや梅仕事、ペチカ作り・・・三輪福さんはあいかわらず忙しい毎日
をおくっておられる。スケットさんといい、師匠よりもお弟子様のほうが、よほど優秀なように思えてならない。

あてにならない、あてがはずれる、ことも多々あるけど、せめて少しは、あてにされるように頑張ろう、とつくづく思った日でもありまする。感謝。

のてー  と生きていたらあかん

昨日「のて」にいってきた。
能登島で毎年やっている「島の手仕事イベント」。

「のて」で検索するとくわしい内容がでている。来年は出店しようか?
などと思っている。普段はキャンプ場になっていて、さわやかな海風が
そよぐ風光明媚なロケーション。

般若くんの後輩にあたるくん(椿井木工舎・二宮大輔くん)が、珈琲豆用のスプーンを並べていた。
「ワグテイル」という名前。珈琲の油がつくと、いい具合に「わびさび」の風合いがでるすぐれもの。
「みずめ」と「さくら」を買った。これからの「珈琲時間」がまた一段と楽しくなる。
ひとすくい10g。縄文ドリポットに二カップの豆を入れ、約250ccのお湯を注ぐと、
極上の「ほぼぶらじる」ができる。

そんな素敵な時間が毎朝できたら幸せ。

あとは「エギ」を買った。昔はルアーといった。エビの形をした疑似餌。
地元の「釣りバカ」さんがつくったすぐれもので、「アオリイカ」がよく釣れるらしい。
今年のシーズンはおわりに近づいたけど、楽しみができた。

あとは富山の木工やの社長が、おもしろいアウトドア商品をつくっていて、
そこで「ランタン」をぶらさげるおしゃれなグッズをゲット。
「能登の小屋珈琲店」は電気もガスも水道もひかずにつくろうと思っている。「防珈琲店」
昔青山に「大坊珈琲店」があった。なんとなく疑似餌みたいな名前だけど・・

今日はひさしぶりに「梅茶翁」に珈琲を飲みにいく予定。今日もなかなか素敵な「能登日和」。

♪たこ たこ たこの足

能登の天真庵がある集落は、船乗りさんたちがいる集落。
北前船がいききした海路の途中の港があり、そんなDNAをもった人
たちが住み着いた土地だ。海まで徒歩3分。
風が強い日は、波の音が聞こえる。

朝6時になると、目覚まし放送が流れる。災害の時なんかにも活躍する音源。
着メロ?ではないけど、さざえさんの曲が流れる。
♪みんなが笑ってる 今日もいい天気・・・・そこのメロディーが奏でられる。
雨の日も・・いい天気。

東京にいる時は、5時に起きて蕎麦を打つ。こちらでは、さざえさんに起こされ、
それからゴミをだし、そのまま海辺を散歩する。
ルアーでアオリイカなんかを狙いたくなるのだが、ぐっとがまんして、釣り場を
見つけながら、毎日一時間ほど近所の海を歩く。まだまだ家の片づけや、挨拶まわりなどに忙しい。

昨日は「たことり名人」のおじいちゃんがいた。腰まであるよな長靴をはいて、日本の竿(先に鉄のひっかかりがついている)を
もって、岸壁やテトラの足元をさぐっている。10分くらい傘さして(雨だった)見てる間に、二匹のたこをゲット。
思わず、ねつ造亀楽さんの♪たこたこ たこの足 を口づさんでいた。

近くに元は酒屋さんだったおじいちゃんがやっている個人商店がある。コンビニ
まで車で15分。だから近所のおばあちゃんたちの御用達便利商店。パン、豆腐、魚、肉、醤油、味噌・・
手書きで「甘酒」というポップも・・・おじいちゃんの手作りだろう。
甘酒をいただいて、近所の「棚田ビュースポット」で甘酒でかっぽれ、もとい一服。
スクールバスがこの駐車場にとまり、近所の小学生たちに「おはようございます」と挨拶された。
昔から厳しい自然の中で育つ「能登っこ」たちは、全国でもトップクラスの能力を身につけているらしい。

今読んでいる「ネイチャー フィックス」(自然が最高の脳をつくる  フローレンス・ウィリアムズ著)
を読むと、なんだかそのあたりのことが、なるほど、と腑に落ちる。

ただいま、マイクのテスト中・・

あああああああ・・・

能登の天真庵にさきほど到着。明日は年に二度の「粗大ごみ」の日。
倉庫の中にある家具をだすべく、二時間ほど汗をかいた。
なかなか身内が自分の家を片づける、というのは難儀な話である。

来る途中に福岡の妹から電話。「家の片づけをしているのだが、兄貴の荷物
の多さに閉口している。来月松の手入れをしに帰省する時、いるものはもってかえって」
とのこと。終活は年老いたジジババだけの問題ではない。あっという間に、みんなの問題になる。

能登の天真庵は、まだ音源がない。電気は北陸電力と契約したけど、CDもそれを鳴らすものも
持ってきていない。今日も虫のすだく、を酒肴に「宗玄」という珠洲の地酒を飲んでいる。
柚子胡椒を作成中のカミサンが「ブログを書いたら・・」とニヤリ。まだ回線の契約もしていないし・。。
と思っていたら、スマホをテーブルの上におき、PCを広げ、なんやらカチャカチャ・・・
「ちょっとやってみて」というので、メールを受信したら、この能登の志賀町のちゃぶ台の上に、
いろいろな手紙が届いた。「ワイハイ デザリング」とかいうサービスらしい。

東京にいて、「この字型人生」(朝はやく、地下鉄にのる。夜遅く地下鉄で帰る。断面図を見るとこの字になる?)
で終わる意味があるのか、考えさせられる。
電車も廃線になってる場所だけど、羽田から能登里山空港までわずか一時間。そこから乗り合いタクシーで2100円
で志賀町までくるぞ。
夕方、和倉温泉の加賀屋の隣の「総湯」(440円)に入ってきた。新宿から深夜バスでここまで7000円くらいでこれる。
新宿の「幽霊屋敷?」みたいなスナックでくだまいているより、健康的じゃない?

最近役所の人と、「街おこし」について毎日メールでやりとりしている。
ぼくはもう残り時間が少ないし、ここで「朝まずめに一時間釣りをして、梅茶翁やこれまで縁あるカフェから
注文があれば、珈琲豆を焙煎し、東京から客人があれば「能登の蕎麦手前」でもあり、暇な時は畑を耕し、
雨がふれば、ボーと里山里海を眺めながら本でも読む」ような暮らしをしようと思っていた。いっぱい税金も払ってきたので
(とくにたばこと酒)、年金でいっぱいもどってくる(そんなことはないので、酒はともかく、タバコはとくにやめたほうがいい)。

でも、都会と田舎を往復していて気付いた。「都会で暮らすか、田舎で暮らすか?」
ときめず、「都会も好き。田舎も好き。だから両方に住む」という選択肢もあり、これからは、そんなスタイルで
暮らす人がふえれば、日本はもっともっと豊かになる、と痛感している。またいろいろな人をまきこんで、いろいろな実験を
しようと思う。ときどきこのブログを読んでくれているらしい、幼馴染のスエクン(何やら党の国会議員)とも近々
飲みながら、このへんの話をしようと約束した。

高速で能登にくる途中、小布施を通る。北斎の天井画があるとこ。
昔から田舎の文化人は、自分の家をサロンにして、江戸から芸術家などを呼び、地元と江戸の文化交流をした。
そんな「自分だけでなく、その地に暮す人のため」に尽力した「土地」には、長いこと「文化」の残り香のようなものがある。

先週、成川さんがギターのライブをやってくれた。彼は2016年にできた「小布施日人」という映画の音楽をつくった。
東京からUターンして農業をやっている人。Iターンでギャラリーをやっている人。そんな「よそもの」を、適当な距離
であたたたく見守ってくれる地元の人・・・そんな物語に潜む人間模様を繊細なガットギターで成川さんが、つくったCDを
ききながら車を走らせた。うまくいえないけど、自動運転の時代の前に、誰か知らないヒト(カミ?)が運転してくれて
ここに導いてくれた、そんな気分になった。

テスト・・・にしては長くなったけど、そんな不思議な一日だった。虫の音が第九のようになってきた。
ぼくも明日は、大掃除と大工だ。おやすみなさい。感謝。

旗日の朝も月曜日の朝は卵かけごはん

昨日は真夏日だった。東京が32度。
一昨日も昨日も界隈の幼稚園・保育園の「運動会」。
昔は10月10日が「体育の日」だったけど、なんか気候
がへん。運動会を終えた子供たちが、海水浴帰りのように日焼けしている。

今年は国産の新そばが危機的な状況だ。あまり騒がれないのは?
国産の蕎麦を使っている蕎麦屋なんて、絶滅危惧種のようなものかしらん?
お米も台風でだいぶやられたけど、騒がれない。米よりもパンが主食になった証拠?

今柚子胡椒をつくっている。今年の柚子は天候不良でいまいちだったみたい。
来年の大豆も心配である。まともな食べ物が、まったくといっていいくらいとれていないけど、
あまり騒がれないのは、まともでない食品を輸入しているので、麻痺しているらしい。

はっきりいって、日本は斜陽の一途、下り坂をころげるように落ちているので、食物を輸入
する力がなくなったら、大変なことになるのでは・・・
「レイトウショクヒン」が冷蔵庫にいっぱい蓄えているので大丈夫なんだろうか?

昨日は押上文庫で「落語」があった。元気シールの「山田さん」の親戚がこうざを務めた。
ので、久しぶりに山田さんが珈琲を飲みにきた。
彼の友人に「トイレ博士」がいて、そのレポートを読んだ。

「災害時は、水洗トイレが使えなくなり、それは命にかかわる」

と書かれてあった。誰もが予想できることだけど、まったく備えができていない。

そのトイレ博士は、「携帯トイレ」の普及に全国を走りまわっているみたい。

明日からしばらく「能登時間」

コンポストトイレができたので、畑の準備をしたいと思っている。
家の横と、別棟の倉庫の後ろに畑がある。

カントリージェントルマンになって、この10年間を「黄金の10年」
にしたいと思う。今回はアオリイカを釣ってみたいとも思う。

今日は日曜日なので16時まで

昨日は成川さんのギターのライブやった。二回目。

彼のCDをかけていると、「誰ですか?」という質問をよくうける。
♪古池やかわず飛び込む水の音
ではないけど、ギターの音の一滴が、こころに一瞬にして染み入る、静か
だけど、そんな心象心理の羽音みたいな不思議な感じ。
ライブできくと、その波動がもっと素直にこころに波紋を広げていく。

演奏の途中に誰かがお店の外イスに座っていた。やまね組の組長さん。
最初に成川さんがお店に蕎麦を手繰りにこられたとき、偶然ふたりは話が
あって、不思議な縁を紡いだ。昨日で二回目だけど、「無駄のない縁」で
繋がれているのをふたりとも感じているみたいだ。どちらも、超がつくほど
その道では研ぎ澄まされたアスリートみたいな音楽家。
鏡屋敷のように、何かが響きあった感がした。

昨日は初めてのお客さまがたくさんいたけど、その方たちもみな初めての感じがしない。
縁のある人とは、はやくもおそくもなく、あうべきときにあう、というのが自然の理だけど、
ひょっとしたら、会う前から、繋がっているのかもしれない。
今読みだした本の副題が「水と緑が脳をつくる・・・」翻訳本だけど、そのような本。
水は生命の源であるけど、人のおもい、感情を伝えていく重要な役割をもっている。
緑の意義を解せない人は、自分の人生を建築することができない。昭和の哲人・中村天風先生はかくかたりき。

この二か月、九州と能登と東京の三か所暮らしのようなあわただしい毎日だった。
でも田舎の豊かな自然は、何かわすれかていたメッセージや安らぎのような力を
与えてくれる。世の中も大きな分岐点を迎えている。大変な時代だけど、おもしろい時代でもある。
明後日からしばらく能登で暮らす。「寒山拾得美術館」はほぼできあがる。
虫がすだき、稲や柿など実りの秋だけど、冬支度の時でもある。

今日は日曜日なので16時閉店。それから柚子胡椒つくり。

明日の朝は「卵かけごはん」

今日は素敵なギターのライブ  16時閉店

水曜日は、7月に亡くなった「玉ちゃん」こと、悠玄亭玉さんを忍ぶ会だった。
落語家やお笑い芸人さんたちが16人ほど集まって、ありししの玉ちゃんの話に
盛り上がった。亡くなった人を忍ぶ会で、こんなに笑ったことがない、くらい
抱腹絶倒な夜になった。

落語家やお笑い芸人さんたちも、「暮らしていく」にはひじょうに厳しい時代だ。
でも、自分で「きめた」道を歩む人たちには、ぶれない輝きみたいなものがあり、
その人の命のオーラみたいなものがあっていい。どの道もそうだけど、だからこそ、
歩みがいもあるのではなかろうか。「道」というのも、「首」が並んでいる象形文字からそうなった。
生きていく、というのは、死んでいく、と、同じようなことなのであろう。

次の日は九州で法事があったので、朝一の新幹線で小倉までいく。
小倉駅でいつものように、「かしわうどん」を食べようとしたら、妹から電話があって
「昼を食べにいくので、うどんは食べたらだめ」と電話。
立小便を途中でとめるようなつらさがあったけど、今回はあきらめた。

翌日も朝一の新幹線で小倉から品川。それから総武線で錦糸町。停電のため、少しおくれた
けど、お店には12時少し前についた。

今日は成川さんのギターライブ。(満席御免)
8月にうちの菩提寺みたいな宗像の鎮国寺で、奉納ギターをやった。
おやじが微妙な時期だったので、いけなかったけど、来年は楽しみにしておこう。

6日(土) 成川正憲ギターライブ

演奏:成川正憲(ギター)

19時開場 19時半開演 ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲・付き)

今日は英語でそば会

昨日は「長屋で女史会」だった。
歴史というのは、その時の権力者が都合よくねつ造したものが多い。
それを真に受けて、「ふむふむ」とうなずいているようだと、
マスコミにだまされ、広告にだまされ、女(男)にだまされ、するような人生になる?

なんでも、距離感を変えたり、見る高さをかえたり、少し間をおいてみると、よく
わかることがある。歴史も「女性」にスポットをあてると、がぜん輝きが増してくる。
「長屋で・・・」は、「モノコト」をまったく違った観点から見る、哲する、そんな訓練にもなる。

「衣食足りて礼節を知る」とかいうけど、「衣食住」の後にくるもの・・・?いったいなんだろうか?
「哲」なんていいのでは?ネットの普及で、なんでも「自分で考える」ということをしなくなる傾向が加速している。
「礼節」も大事だけど、人やネットに聞く前に@自分で考える(哲)は、今後大事なポイントかもね。

今日は「英語でそば会」
2001年のニューヨークのテロの時にもやっていたので、かれこれ20年やっている。
そのころは、ビル・スメールというぼくの友達が先生やった。今は岩本先生が受け継ぎ、
生徒とスカイツリーで待ち合わせをし、「ぼくたち英語の勉強を、へんなそばやでやってまんねん。
よかったら、いっしょに蕎麦手繰りながら、ワイワイやりませんか?」と英語で誘って、ポン引き。
9割以上の確率でゲットしてくる。
「即興」というか、その場その場で、臨機応変に対応する能力があってこそ、だ。すばらしい人たち。

明日はお休みだけどたまちゃんこと、「悠玄亭玉、さんに文句をいう」という会。
生前縁のあったお笑い芸人さんたちや三味線のお弟子さまたちが集まって、そんな忍ぶ会をやる。