人間には7つの穴がある?

昨日は「順受の会」  23年続いている「論語の会」
一番長老は76歳になった?なる、と昨日いっていた。
詩吟をやられているので、声だけは達者だ、と自画自賛されていたが、
なかなかの健啖家でもあり、まだまだ色気もある。
スケベで声がでかくて、よく飲む(食う)人は元気だ。

昨日は「荘子」。来月からは「韓非子」を勉強する。

有名な混沌(渾沌)を昨日は勉強した。何度読んでも「渾沌(カオス)」な難題である。「荘子」の内篇のうち、応帝王第七の最後の一節。

南海の帝を儵(しゅく)と為し、北海の帝を忽(こつ)と為し、中央の帝を渾沌と為す。儵と忽と、時に相与(あいとも)に渾沌の地に遇へり。渾沌之を待こと甚だ善し。儵と忽と、渾沌の徳に報いんことを計る。曰く「人皆七竅(しちきょう)有り、以て視聽食息(しちょうしょくそく)す、此れ独り有ること無し。嘗試(こころみ)に之を鑿(うが)たん」と。日に一竅(いちきょう)を鑿(うが)つ。七日にして渾沌死す。

 
 或るとき、北と南の帝王が渾沌の領土にきて一緒に会った。儵と、忽の二人。渾沌は心から歓待した。儵と忽はそのお返しに何をしたらよいかと相談した。そこでいうには、人間はみな七つの穴をもっている。目、耳、口・・それらで見たり聞いたり、食べたり呼吸したりする。ところが、この渾沌だけは何もない(ゲンゲみたいな感じかな?やっぱり不自由だろう。気の毒だからお返しとして、ためしに穴をあけてみよう、と相談して、毎日一つずつ穴をほっていった。そうしたら、七日したら渾沌は死んでしまった・・・そんな話である。

飲みながら女子たちが「七つの穴がうんちゃら・・・・」と疑問符のような顔をしている。
まじめな女子たちなので、言わなかったけど、7つの穴・・・・男と女では穴の数が違うのではないか?・・
あまり近視眼的にそうゆうことをつきつめると、まさに渾沌としてくる。
穴を無理やりあけたり、無理くりに穴に入れよう、なんて無粋でいけませんよ、というこっちゃ。
つまり荘子は老子と同様に「道(タオ)」を大切にしてきた人なので、「あまり無理強いをしたりすると
いけませんよ。道はたくさんあり、どの道をいくはは、おひとりおひとりがきめなさい」と言っているのではなかろうか?
「大道無門」道を求める人には、門なんてないよ。いつでもどこからでも「道」はありますよ、ということかもなんばん。

能登の「寒山美術館」の玄関には、白井晟一さんの「道」を飾っている。
そこまでたどりつくには、鳥でなければいけないような場所だけど、バスで七尾までいくもよし、
飛行機で羽田から一時間。それから乗り合いタクシーでもよし、レンタカーでもよし、金沢まで新幹線、
そこからレンタカーでもバスを使ってもよし、「道はいっぱいある」のだ。来るも来ないもふたつ道がある。

今日は「書の会」
明日が「おんなかっぽれ」
金曜日は、白井晟一さんの後輩(京都工芸繊維大学の建築家卒業生)たちの会。