達磨さん にらめっこしましょ

月曜の朝は「卵かけごはん」

二階に「初祖達磨大師」という軸がかかっている。
黄檗山の二代目住持「木庵」の書。黄檗三筆のひとり。
黄檗も曹洞宗・臨済宗と同じく「禅宗」で、達磨さんが教祖にあたる。

その達磨を梁の武帝が、寺などを用意して、手厚くお招きしたときの会話がおもしろい。
武帝「寺をつくり、経典を用意し、あらゆる努力をしている。どんな功徳があるだろうか?」
達磨「そんなものなにもない」<無功徳>
武帝「いったい仏教の第一義はどのあたりにあるのだ?」
達磨「そんなもん 知らへん」<不識>
びっくりした武帝は
「いったいお前さんは誰だ」と問うと
達磨は忽然と「不識」と答えた。   

いきなり達磨さんの教義に入ると、一般の人にわかりにくいので、「ぼちぼちこのあたりから」
といった配慮からか、こんな禅問答あたりが、禅の入り口に用意されているようだ。

ぼくが蕎麦の修行をした場所も、広島の山奥にあった「達磨」さんだった。
蕎麦の神様と呼ばれる「高橋さん」の座右の銘も、仏教の根本。
「上求菩提 下化衆生」

「不立文字」・・・いろんな「教え」を言葉や文字で教えることなかれ・・・

つまるところ、達磨さんは「弱音をぐだぐだはくな。そして人間本来(天真)のことにあたれ。」
といったところか・・?人生達磨・・ 手も足も出ない時がある。そんな時は、自分のこころを見つめる、といい。 

明日から3日間、能登暮らし。「そこで暮らしているような美術館」に何をおくか・・
あれこれ悩んだりしていると、達磨さんから「喝!」が飛んできそうだ。天恩感謝。