19の春にもどる方法

昨日の朝は「卵かけごはん」。手前味噌に八郷農場暮らしの実験室の自然農の野菜
がたっぷり。卵もその野菜を餌にして平飼いされ、♂も入れて自然の状態で飼っている有精卵の卵を使う。
ただそれだけの話だけど、その「ただ」が日本の食卓から姿を消して久しい。

「食育」なんて声高にいう人があるけど、「火の用心」とおなじで、ただそれを声にだしておわり、
では何もおきない。でも実際はそんな話が身の回りには、やまんごとある。

午後は「満つまめの会」まーくんがまた難しい試験に合格して、Oさん先生に「ドラゴンなんじゃら」
という「体を19歳の時にもどす秘儀を伝授してもらった」と喜んでいた。まず実感にぼくが施術をうける。
19といえば、京都に遊学にいった年で、40有余年前である。いきなりその年にもどるのではなく、
「90になった時に50歳くらいの体でいられる」というようなことらしい。すばらしい技だ。

というわけで、昨日はぎっしりだったけど、「若返り」の術にもながかけられた。三線(さんしん)のタケシーの
18番の「19の春」を思い出した。枯れ木に花をさかせるような奇跡だけど、そんなことができる可能性もある、
ということだろう。ぼく個人的には、どんなにお金をもらっても、「今より若くなる」ということはしたくない。
足がおぼつかなくなっても、記憶力や気力体力が低下してきても、そのまま新しい一歩に挑戦していきたいし、毎日の「今」
の瞬間を楽しみたいとつくづく思う。

♪私があなたに ほれたのはちょうど 十九の春でした今さら離縁と 言うならばもとの十九に しておくれ もとの十九に するならば庭の枯木を 見てごらん枯木に花が 咲いたなら十九 にするのも やすけれど みすて心が あるならば早くお知らせ 下さいね年も若く あるうちに 思い残すな 明日の花 一銭二銭の 葉書さえ千里万里と 旅をする同じコザ市に 住み ながらあえぬ吾が身の せつなさよ 主さん主さんと 呼んだとて主さんにゃ 立派な方がある いくら主さんと 呼んだとて一生忘れぬ 片思い 奥山住まいの ウグイスは梅の小枝で 昼寝して ホケキョホケキョと・・・

今日は「英語でそば会」