寒ブリを満喫した能登の旅

能登に「梅の木の剪定」にいってきた。6月に収穫した梅の木は、丸裸ではあるが寒風に
耐えながら、小さな蕾が枝には芽生えている。
冬の寒さを耐えてこそ、香り豊かな花を早春に開かせてくれる。人生とどこか似ている。
枝を見て、下向きになっている木をのこぎりと剪定はさみを使って丁寧に剪定する。

昨年昇華された原田先生には、なんども梅の木の生け方を教わった。花にも陰陽があり、
陽方とか陰方というようないいまわしがある。木全体を見て、若くて上に向かって伸びて
いる木を優先し、下を向いている木は切り落とす。これも人生、とくに男の人生とだぶったりする。
元気に上を向いてピンと元気でないと、役立たずで、老兵はただ去るのみ、なのだ。

今回は三輪福さんが自然農法の宣教師みたいな農業家の勉強会に参加し、そのへんの「天地自然の理」
を上手に伝授してくれた。♪梅の木ばかりが梅じゃなし(松か?)、この剪定方法は、自然農法全般に応用
がきくらしい。梅茶翁の夜は、自然農法でつくった野菜の料理などを食べながら、熱く談論を風発。

その日の朝まで冬の日本海を泳いでいた寒ブリと黒まぐるろを、おろして、みんなで「気骨の鮨会in能登」
をやった。氷見では8k以上のブリを寒ブリという。能登では10k以上のブリを寒ブリというそうだ。
ぼくがいたころの京都にも「カンブリ」が大人気だった。関西文理学園。一世を風靡した予備校で
京都の人は「カンブリ」と呼んでいた。同志社や立命館にも「カンブリ」出身の人があまたいた。
ちなみに、京都では同志社のことを「ドウヤン」といい、立命館のことを「りっちゃん」といった。
学友同士が結婚して、生まれたこどもを「立子」にし、りっちゃんと呼んでいた友人もいたくらい。

翌日は自然農に挑戦している地元の農家さんも加わって、ガレットとほぼぶらじるで腹を満たし、
2日目の剪定。梅の木も「ありがとう」と喜んでいるようだった。来年また梅林ガールズたちと梅を
収穫にくることを約束。昼めしは、しんごくんが作ってくれた「ブリ大根」を食べた。彼は朝漁にでて、
ブリや黒まぐろをとり、昼は自然農で野菜をつくっている。昨年持参した「借金なし大豆」も収穫され、
能登にも無借金の人たちが増えそうだ。自然によりそい、海のもの、大地のものを大切にし、多くとれたり、収穫
したものは、おすそわけをし、「原始的ぶつぶつ交換」があたり前田のクラッカーのように日常茶飯な能登
の人たちの「素朴な暮らし」には、縄文時代から日本人が大切にしてきた「いきかた」そのものがいっぱいあって、
すごく勉強になった。

今日「ダメ中」 ダメ始める中国語。
明日は「ライブ」