人生の中仕切り

中年になると、よくそんな言葉を使う。後半戦をどのように暮らすか?なんて・・・
昨日で今年も半分終わって、今日から後半戦でもある。
光陰矢のごとしであり、少年老いやすし、でもある。

昨日、「BCN」というコンピュータの新聞社から新聞が届いた。
毎週月曜日に発行される新聞。「千日回峰」とかいう記事に紹介された。
しかも見開きで、2週にまたいで掲載されるので、ぼくの反省だらけの半生が赤裸々につづられている?
「BCN」で検索すると、デジタルでも購読できるけど、千日回峰は
残念ながら目次だけである。

その中で末川先生のことを紹介されている。当時の立命館大学総長で、京都名誉市民だった。
運よく大学に入学してすぐに、先生の講演を聴く幸運に恵まれる。烏丸丸太町下がる、「勤労会館」(今はない)で。
「人生は三つにわけるといい。君たちは最初の三分の一で、これまでは親に面倒かけて育ってきた。
これからの三分の一は「自分」のために生きなさい。そして仕上げの最後の三分の一は、「人」の役にたちなさい」
ということだった。すごく当たり前のことをおっしゃっているのだが、20歳前のぼくには衝撃で、
「もうこれでこの大学は卒業したみたいなもんや」と思い、近くの「からふねや」に入ってモカを飲む。
同じくらい衝撃を受け、その場にいた社長に弟子入りを志願し、2か月後は「本店」の店長になった。

・・・そんな話から今、そして10年後は何をやっているか・・・が掲載されている。

うちの会社も昨日で決算。何期になるか知らないけど、30年くらいになる。
昔は「会社の寿命は30年」説、みたいなんがあったけど、最近は5年?とか10年説のほうが有力なくらい、
生存率が低いような気がする。BCNの記事を読んでも、知った会社や友達の会社がない。浦島太郎状態である。
個人経営の飲食業の平均寿命は、ひょっとしたら「一年前後」か「未満」かもなんばん。でも会社も人も、
「毎日が一生」みたいに思えば、今日もまた人生があり・・の繰り返しを楽しむことができる。

今日は「満つまめの会」 その新聞でも紹介されたけど、まーくんの気功整体は、IT企業の人たちを含め、
音楽家や陶芸家、ヨガの人、主婦や老人まで老若男女の垣根を越えて、優美に広がっている。感謝。