ダメ中が名古屋であった。
まいこ先生が、その名古屋の蕎麦屋の女将さんになった。
そのお祝いもかね、「ダメ中in名古屋」が、「ふー助」
であった。杜甫の「春望」を中国語で読む。
酒を酌み交わしながら、友んが遠方より集まり(半分が中国人)、
そばやの酒宴を堪能した。しめのそばの後に、みんなで中島みゆきの「糸」をうたう。
♪たての糸はわたし よこの糸はあなた ・・・あの歌。
名古屋には、伊那谷経由で車を走らせた。伊那に眠る旧友に毎年珈琲を手向ける。
昭和56年の4月に23歳で逝った城倉良雄くん。同じ「からふねや」で珈琲の修行をし、
同じ病気で府立医大に入院した。ぼくも余命宣告をされたけど、そんなもの無視して、その後
は東京にいったので、病院にはいっていない。でも生かされている、ということだろう。
お墓には、イノダのデミカップをおいてある。そこに毎年いって「ほぼぶらじる」を入れ、
「今」を語りあう。死んだ人とは、自分も死んであの世にいかないと、再会できない、
と思っていたけど、こんなことで「つながる」こともできる。生きる、と死ぬ、とは
同じことのように最近つくづく思う。
その足で下伊那の「おどもカフェ」へ。ぼくのおそばのお弟子さまの親友が
やっているカフェ。阿南病院のすぐ近くの古い歯科医院の建物を改装して
つくった。近所のおばあちゃんから、生まれたての子供までが、「大事な場所」
として、くつろいでいる。天真庵ゆかりのギターの翔くんも、毎月ここで
ライブをやることになった。
帰りは東名を走り、初台のオペラシティーまで。
伝説の音楽家・ハインツ・ホリガーの音楽-スカルダネッツ・ツィクルスを聴きに。
先週天真庵でクラリネットを奏でてくれた「山根さんが、コントラバスクラリネットを演奏した。
今月うちに泊まりにきたヨッシーがヴィオラを担当。
オーボエ奏者としても世界的なホリガーさんのオリジナル曲で、1975年から書き始め、1991年に
完成したもの。2時間半ぶっつづけ休みなしの不思議世界。超一流の演奏者が奏でる楽器の音もそうだけど、
合唱団の人たちの微分音(ピアノは半音 その半分の音階をたくみにあやつる人たち)のハーモニーは
この世のものとは思えないレベルだった。(名古屋の糸もすごかったけど・・)
何を唄っているのか知るよしもないけど、三輪福さんの新しいCDのように、地球や宇宙のいとなみを
感ずるままに表現しているように思った。そこに居るだけで、「生きている」を喜べる、そんな音楽を体験した。
今日は「インヨガ」。