珈琲ドリポットは縄文土器

時々、恵那の仙人さんが蕎麦を手繰りにこられる。
昨日は、円錐形の器(ビールを飲むくらいの大きさ)をもってこられた。
九州あたりには昔から、円錐形の杯がある。酒席で「ま・どうぞ」といわれ、
下のおけないようになっている。そんどん飲ませる器。それのビールとか焼酎用。
置くための台も、ひとつは竹筒、もうひとつは、煎茶でいう茶巾筒みたいなもの。
「ピラミッドは四角。東洋では盛り塩型でしょ。この形が大事なんです」と仙人。

そして、珈琲ドリポットを見て、「これも縄文土器と同じ原理。ドリッパーが円錐でしょ。
ここで天と地のエネルギーが繋がっているんですね。」とのこと。

縄文時代は、お米がないので、人々は毎日狩猟をしたりして暮らしていた。男が中心で
狩をやるので、縄文土器は女性が作った、というのが定説。天の恵み、地の恵みがないと
生きていけないので、土器には「どうか神様お恵みください」という祈りの意味が含まれている。

縄文後期から弥生になり「米」を手にいれた先祖さま。「蓄える」という概念ができ、貧富の差
がうまれ、土器もさっぱりした形になった。蓄えがなくなる、という恐怖があり、器の中が空っぽになることを
きらった。「人間の器」も相似形で、空っぽになるのをおそれ、知識とか既成観念みたいなものを
積め込み、がちがちになった。ほんとうは、毎日毎日、頭の中、器を空っぽにすることのほうが大切なようだ。

最近、満つまめのマーくんが、器をよくいじる。うちにある器は9割以上久保さんの器。
「形とか、無釉、とかで、気がぜんぜん違います。」とのこと。やはりカウンターに坐ると、
珈琲ドリポットをしげしげ眺め、「このドリッパーのエネルギーがすごい」とのこと。

今日は雨。足元は悪くなるし、傘もいるけど、天の恵みの日でもある。

明日は「卒啄珈琲塾」&「無茶しぃの会」  京都生まれの茶人が入門してくる。