元祖角打ち・・

無事に東京にもどってきた。今回は、九州の不思議スポットみたいな神社を
お参りし、移住したいNO1の豊後高田で、素敵な女性に巡り合い、その家族に
あいに精霊のいそうな森の家にいき、帰りはその家族でつくった新しいCDを聴きながら
きた。彼女が

「自給自足とは、米や野菜を育て、安全で持続可能な生活をする、だけではない・・
自然によりそいながら自然の恵みや神に感謝し、生きていく術を伝えたり、私ごとではありますが、音楽の原点
みたいなものを、母から子へ紡ぐ、これも自給自足なんだと、ここで生活してわかりました」

といった言葉がCDを聴いているうちに、蘇ってきた。世界中、東京やパリやロンドン・・・
音楽をやるなら「なんやらメソッド」というものを、お金を払えば受けられるし、それなりのスキルはその対価
みたいに身につく。でも「こころに響く」というものは、お金で買えるもんやないし、メソッドやスキルではない。
その音を奏でる人の足の裏についた根粒のなかのひとかけらの「魂」みたいなもんがないとあかん。

門司港から阪九フェリーで和泉大津までの船旅。うまくいけば船上ライブがあるし、満天星を見上げながら露天風呂
につかれる。旅の疲れがとれる。

少し時間に余裕があったのでぼくの生まれた街にある小倉城とその隣にある松本清張記念館に立ち寄った。
豊後高田は、総合的にナンバーワンの「移住したい街」なら、小倉はシニアが移住したい街のナンバーワン。
1902年、八幡製鉄ができて、「鉄の街」として一世を風靡した。そのおかげで最近まで100万都市(今は80万)
として、博多につぐ第二の都会。気骨は博多とは比べもんにならない。病院や美術館など施設は充実してるし、自然も豊っちゃ。
なにせ「パンチパーマ」と「競輪」の発症の場所。あと「皿うどん」と「角打ち」ちゃ。(博多弁とちごうて、ちゃをつける。茶やね。風流ちゃ)

門司港にいく前に手前の「門司駅」に車をおいて近くを散策。北九州名物の「さばの糠味噌煮」を発見。小倉城ゆかりの
小笠原藩は、茶道や華道などの「道」を大切にしてきたのと、糠味噌の文化をこと地にかもした。糠味噌の店の
並びに「立ち飲み さつき」を発見。角打ちのことや。
最近は東京でも「角打ち」がちょっと「おしゃれ」で流行ってきたけど、もともとは、製鉄所の「鉄の街」が、
三交代で四六時中、溶鉱炉の火をけさないような労働体系やったんで、「酒屋さんの一角で酒を飲む」
というスタイルがこの地で生まれたっちゃ。門司には、まだ東京にはでてきてないけど「チャンラー」
というフードがある。風土ではない。麺がラーメン、その具にキャベツやネギやタマネギ、かまぼこ、ぶた・・・
つまりラーメンとチャンポンがチャンポンになっとる。なかなかうまいっちゃ。旅はいいね。「鉄」と「哲」に浸れる北九州。

世界遺産の隣にある古刹

今日は鎮国寺にお参り。
宗像大社は、世界遺産になった。アマテラスさまの三姉妹が、沖ノ島、筑前大島、と玄海町の
三か所に祀ってある。沖ノ島は、神の島として長女が祀られているが、定期便がなく、女人禁制で
男子も島にあがる時は、素っ裸になって禊をしてからあがる。「海の正倉院」といわれていて、勾玉やガラス漆器など
国宝に指定されているものたちも数々ある。今年はそこで発掘された勾玉を、隕石入りでつくってもらった。
ふと本日大社にお参りしてみて、「九州そのものが勾玉の形をしとうね」と思う。人間でいうと妊娠3か月かそこら?
勾玉を最初にもった女性が「地球にも子宮にもよさそう」といった言葉を思い出す。

遣唐使から帰国した弘法大師(空海)が、宗像大社の神様に助けられた、と、宗像大社に礼拝した後、近隣の屏風山に瑞雲が たなびくのを見て、鎮護国家の根本道場として
お寺を建立した。鎮国寺という。高野山よりも前に建てられた歴史がある。今日、母親とお参りした際、見知らぬおばあちゃんが話かけてきた。
「この寺は有名なんやろか?誰がつくったんかいな?」・・・・しかとしたいところだが、何かの縁なので「空海がつくったとです・・・遣唐使・・・歴史がある」
と上記のように答えたら、「空海はどこで生またっちゃろか?」と質問された。「確か、四国だと思います」と言ったら「私も四国で生まれた」といって笑った。
これからまわりが、こんなおばあちゃんだらけになる。ぼくらもすぐに仲間入りするけど、「いずれいく道」のコンシェルジュ。大事にしなくては・・

そういえば、先週の水曜日に、能登の家の近くの集会所で「あつまり」があった。毎月第三水曜日の午後一時にそこに集まって
「カラオケ大会」とか「大正琴」の発表会などが開かれているらしい。
いくと、平均年齢80歳くらいのおばあちゃんたちが、スパンコールの派手な衣装を着て、舞台で演奏していた。
「東京の灯よいつまでも」「無法松の一生」「人生劇場」・・最後の「長良川艶歌」は、長老で85歳のおばあちゃんがマイクを
にぎって歌を披露。歌にも85年の念が籠っている。

♪好きと言われた 嬉しさに
酔うて私は 燃えたのよ
あなた あなたすがって みたい人
肌を寄せても 明日は別れ
窓に夜明けの風が泣く

この集落は「船乗りさん」の多い集落。若いころは年に一度くらいしか返らないような暮らしだった人が多い。
あるじいさんいわく、「年に一度しかかえれんかったけど、子供は4人つくった」といって。抜けた前歯を見せながら大笑い。
男たちは「港港におんな・・・」というやんちゃな暮らしをしてきたような顔をした人ばかりだ。(色気がある)
待っていた「女」の人たちも、操を守ってきた大和撫子も多かったろうけど、振り返ってみると
「花のような艶冶なはなしが残っている」ような女性もいるような気がした。えんやえんや・・・人生一度しかあらへん。(こちらも色っぽい)

明日の夕方のフェリー(門司から大阪)で東京に・・・           感謝

1月31日(金) 開場19時 開演 19時半  4000円(蕎麦会付き)

赤須翔(ギター)
シャンデル・ロブレス(ウォッシュボード)

2月29日(土) (仮)De amor em amor (ブラジル音楽)

演奏:寺前浩之(バンドリン)、バエデール・麻衣(サックス)、岸本麻子(ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

田舎暮らしの本

能登に半分移住するまでは、「田舎暮らしの本」をよく買っていた。
今年の2月号に「住みたい田舎 ベストランキング」というのが発表されている。
総合一位が大分の豊後高田市(国東半島界隈)。毎年ベスト3の中の常連さんだ。

昨日の朝のブログを書くまで、「宇佐神社」と「大豆農家」にいく以外は何も計画をしていなかった。
ブログを書いていたら、「宇佐神社の後にどこいくの?」と筆子さんが問う。反射的に「国東半島の蕎麦屋」
と答えた。宇佐神社は全国の八幡さまの総本山みたいなところ。昔からその神社界隈には卑弥呼伝説がある。
お参りした跡、国東半島のそのそばやを目指す。一時過ぎに着いたら、暖簾がかかってなかった。
「売り切れ」かとあきらめていたら、お客さんとおぼしき素敵な女性がでてきて、「お昼はやってないんですよ」とのこと。
普段は昼めしは食べずに二食が原則なので、「ま いいか」と思っていたら、「よかったら、少し気になるお店が近くにあるので
いってみてください」と教えてくれた。足立ナンバーを見て、親切にその女性が誘導してそのお店まで先導してくれた。
いっしょに中に入ると、「すいません、今日のお昼は売り切れてしまって・・」(古民家を改装した素敵なお店)とのこと。
その女性が「よかったら、なにかの縁なので、もう一軒いっていっしょにランチしませんか?」というので、「ままよ」
とまんまをいっしょに食べることに・・・鱧せいろをいっしょに食べながら談論風発。

今月から「味噌作り」が始まる。昨年は耶馬渓に移住して大豆とお米を自然農で始めたTくんから大豆を調達していた。
今年は不作だったので、友達の農家を紹介してもらって、そこからいただく。そんな話をしたら、そのふたりと
知り合いだった。彼女は20数年前、まだお子様が10歳くらいの時、東京から大分に移住して自給自足プラス音楽活動
という生活をしていることを知る。10年くらい前に、Kという女性カメラマンで天真庵によくきていた子が離婚して女の子
とふたりで豊後高田に移住している。ヨガの先生として、この界隈では有名。やはりその子もよく知っていて「再婚しましたよ」
とこと。蕎麦の師匠の高橋さんも、3年くらい前に杵築に移住して会員制?のそばやをやっておられる。
一度ライブをやってくれた平魚泳さん家族も、耶馬渓で自給自足プラス音楽の生活をしている。
一時間前に、出会ったと思えないらい話がはずみ、そのはずみで彼女の家にいくことになった。
そのお店から10分くらい走ると、田んぼの中に卑弥呼の古墳のような一角があり、その中に古民家がたっていて、
息子さんのアトリエや、ギャラリースペースがある。さっそく持参した「ほぼぶらじる」を飲みながら、息子さん
たちと話がはずむ。とてもいい空間。米と麦と大豆をつくり、彼は楽器の制作、奥さんは近くの古民家で農家民宿を
営んでいる。東京からもお客さんがくるらしい。ここは「はまる」とこやね。

それから「宮町商店街」にいく。レトロな昭和の街商店街で、50軒ほど、スナックや居酒屋が
所せましと鎮座している。スナックの名前を見ると「スイトピー」「まッ赤なポルシェ」「SOS」・・聖子ちゃんや百恵ちゃんやピンクレディーの曲からとったもの。
「みえちゃん」とか「さつき」とか店主の名前をつけたお店・・・・旅の途中に立ち寄るには、「どのお店にしようか?」と迷う。
風光明媚で奈良のようにお寺がいっぱいある街に、昭和レトロなスナック・・・子育て世代の人、終の棲家・・この界隈は「人気ナンバーワン」
になるのがよくわかる。今日はゆっくりと下道を通り、温泉に立ち寄ったりしながら福岡へいく。

うめ星が大活躍・・

能登にいく車の中で「いっちが黄疸で不調・・・」と三輪福さんからメール。
売茶翁の家族のひとり「市松」ダックスフンド19歳。2年前に体調を崩したころ、
ちょうど「うめ星」が誕生したので、ひとつ首にぶら下げてもろうた。ら元気になって
梅林などを走りまわっていた。次の日メールがきて「うめ星とサイマティクスセラピーで、黄色だった
目が白くなって食欲も回復」とのこと。安堵する。
もうひとり(一匹)、サラというダックスフンド(花の仲間が飼っている)も、おなじころ
不調になりうめ星をぶらさげてもろうたら、元気になって19歳を迎えた。
薬事法にひっかかるくらい、元気。

昨日車で九州を走っていたら、木工のあだちくんから突然電話(すこし興奮ぎみ)。猫を飼っていて、昨年そのネコが家出?して
立川の「神社」(そこでお参りしると、家出猫がかえってくる  山下洋輔さんのネコが何度も家出
したけど、そこにお参りするとかえってきた。ので、彼が神社に「ピアノ曲を奉納」して、その曲が流れている、とか)
「ネコの飲み水の中に、うめ星をいれているんですが、それが鳴っているんですよ」
とのこと。「どげなふうに?」(彼は長崎なのですぐ九州弁になる)「最初は耳鳴りかいな、と思ったばってんが、
耳をすましたら、皿の中でビーンて、耳鳴りのごたあ」・・「ふーん???」
「めずらしか猫やけん、UFOが見にきたんやろかね?そげなことははじめてばい。気持ちわるかなら、とりかえようか?」
というと「ものすごく、猫は元気になるし、星(星の陶印をしている)のまわりがピンク色になっちょうとです。
きっとこれはアタリですばい」という。薬事法にも、スピリ法にも抵触しそうな話。

といいながら、能登で2日いて、今九州にきている。天真庵にときどきくる不思議なじいちゃん(ヨガの聖者、と呼んでいる)
から「宮崎のお父様の墓参りにいく時、〇〇神社にいってみてください」と言われ、五ヶ瀬川を高千穂のほうに
走り、「これから地球のヘソになる役目を担う神社」というその神社にお参りにいった。幣立神社ではない!
その後で、豊後竹田市に立ち寄る。荒城の月を作曲した滝廉太郎の記念館とモデルになった岡城跡が
あるところ。頼山陽と親交の深かった田能村竹田のゆかりの地でもある。数々の「文人」を輩出した地。
♪春のうららの隅田川・・・・・「花」も滝廉太郎の曲。23年の短い生涯だったけど、天才は永劫の名曲をつくった。
湯布院とか、阿蘇山とか、いろいろ観光するとこがあるけど、やっぱり九州で一番よかとこは「宗像」と「竹田」
がいい。近くに温泉もいっぱいあるよ。

今年も「味噌つくり」は、大分で自然農で大豆をつくってくれている
農家さんにお願いした。ちょうど福岡にいく用事もあったので、「不思議な神社」「竹田」によって、
調達してから福岡に帰り、東京にもどる予定。相変わらず、「ピン」ときたら現場へかけつける・・
でもこんな気まぐれの旅の途中には「しくまれていた」と思われるような出会いがいっぱいだ。
今日はひさしぶりに国東半島を巡ろうと思っている。

Samい夜に「I am Sam 」を観る

昨日、能登の家にきた。ただなんとなく、東京と能登の二か所で暮らしているのではない、
ということが、だんだんわかってきた。若いころのように「目的」をもって生きていない分、
「無為」というか自然体で「生かされている」ことを感じ、自然やまわりの縁ある人
たちとの「ふれあい」に感謝する気持ちが強くなってきた。すると不思議な縁が無限大で広がってくる。
これを「無為自然」という?

途中富山のサービスエリアで「富山新聞」を読んだ。一面は地元の関脇「朝之山連勝発進」だ。
そしていつものように和倉温泉の総湯につかって、旅の疲れをとる。いつもバロック音楽
がBGMで流れていて、ここで静かにお湯につかっていると、自足、というか「何もいらない」
気持ちになる。新宿からも深夜バスがでている(7000円くらい)。入浴料が440円。
キャバクラやスナック、ヘルスなどにいくお金と暇があれば、いつでも気楽にこれる。
その後、近くのカフェで「北國新聞」を読む。一面は「遠藤、連日の金星」が一面。
東京にいると、「地元贔屓」の意識がうすれる。いまだに地方では地元の力士の一戦一戦に一喜一憂する。

「富山新聞」と「北國新聞」・・・その日の一面の下にある、朝日新聞の「天声人語」にあたる「字鐘」
というところが、同じことに気づいた。つまり、同じ系列の新聞社なんやね。
二度読んだので、だいたい頭に入った。こんな内容だ・・

「「ビールは初恋に似ている」・・・一敗目のビールのおいしさに比べると、二杯目三杯目の満足度が下がる。
経済学では「限界効用」とうそうだ。確かに初恋は苦い。だが鮮明に記憶されて、甘い思い出になる。二番目・三番目とは比較にならない。
・・・社会と個人の関係も一杯目が難しい。世の中には学問で説明できる
こととできないことがある。これも酒から学んだ。」そのような文やった。

反論はしないけど、今から思うと「どれが初恋」・・というくらい遠い昔話で、二番目三番めのほうが思い出深いし、年をとり「老いらくの恋か?」
になる境地の恋も、ビールの抜けたような若いころの恋の味よりも、よっぽど素敵なような気がする。これも、若いころの心は自分の目的にとらわれすぎて
いるけど、壮老年期の恋は目的から遠ざかって柔らかい。プラトニックで、片道キップのゆるやかな秘め事が多くなるが..

昨日の夜は、たこ焼きを酒肴に、角の炭酸割を飲みながら、PCで映画を見た。「I am Sam 」
囲炉裏の炭とウィスキーで暖をとりながら映画を観るのも粋なもんだ。アマゾンプライムなるサービスで
O円(Free)で見れた。その映画で辣腕女弁護士がFreeで、知的障害のある主人公を
弁護しながら、「ほんとうの親子の愛」というものを反対に学ばせてもらう・・そんな映画やった。
ユングじゃないけど、人はみな♀(アニマ)と♂(アニムス)の両性具有。それをお互いにバランスよく調和
させながら生きている。これを「おたがいさま」という。親子の関係もしかり。
「たこやき&ハイボール」との最高のマッチングとぴったりの映画で、エンディングの時に
角も空っぽになった。これも「色即是空」か? 映画の後半の犬たちのふれあいも素晴らしい。

鈴木大拙にこんな言葉がある。

野中の一本松が雨にぬれて、しょんぼり立っているのを見て、これに傘でもさしてやれぬかと憐れむ。
二階に寝かしておいた子猫がどうしたものかと気にかかるので、階段の下まで来て耳をすまして、様子を
聞きとらんとする母猫の真剣さ...これらがいずれも大悲の本願から出ている。
この本願にしたがうのが道である。

さすがだ!感謝。

月曜の朝は「卵かけごはん」明日からしばらく能登休み

昨日は日曜日だったので、16時にお店を閉め(実際は二階で満まめをやっていたので19時まで)て、
一階では「そば打ち教室」。そば打ちにくる人の半分以上は以前は「無茶しぃの会」という煎茶の教室
に通ってきてた。いろいろ考えることがあって、突然無茶しぃの会は、緞帳を下げた。
でもほんとうは、「人をもてなすひとたち」には、お茶のこころを知ってもらいたい、と思ってはいる。
蕎麦打ち教室も、「そろそろ」かなと思っている。それがお弟子様たちに伝わるのか、みんな真剣味が増してきた。
昨日は、お茶をまじめに学んでいたお弟子様が、久しぶりにそばを打ちにきた。この界隈でシャエハウスの経営を
やっているボンで、その関係で知り合いになった女性セラピストふたりを同伴してやってきた。

ボンが蕎麦打ちをやっている間、セラピストさんたちは「うめ星」や隕石グッズ、元気シールなどに興味を示した。
盆と正月よろしく、年に二度くらいしか蕎麦を打たないボンのそばがなんとか出来上がった。
セラピストのひとりが、「うめ星」を買っていかれた。6900円。蕎麦打ち5500円。見学したほうが多く出費。感謝。

この春に、近くに「大学」と「専門学校」ができる。このへんは「木密地域」(狭い場所に木造の古民家が密集している)として、今後発生するであろう首都直下型地震の
折に火災で多くの犠牲者がでるといわれている地域。ボンたちは、それが取り壊され、「普通の街」になりさがっていくことを危惧して、取り壊されそうな長屋などを
改修しながら、シェアハウスやシェアオフィスなどを経営している。ふたつの学校の学生の半数近くは「外国人」だと予想されている。

正月早々に中東が危うい雰囲気になってきた。キリスト教もイスラム教も同じ神様を主にする一神教。
でも「十字軍」の時代から、戦争や紛争が絶えない性(さが)みたいなもんを根っこにもっている。
日本を含め、今後難民を受け入れたりすることが必然になる。銀座や浅草も、歩いている人の半分以上は外国人。
京都や金沢もしかり。鳥瞰図のように上から眺めてみると、「世界中がシエアハウス化」しているようだ。
宗教や習慣の違う人たちが、同じ場所で暮らす。肝心なことは「相手のことを許す」寛大さ。
テロリストの幹部を殺したりしても、問題は何も解決しない。

今年の大河ドラマは「明智光秀」らしい。テレビは数年見ていないけど、これは見たいと思っている。
光秀が築城していた場所(京都の亀岡)は、今は「大本教」の本部になっている。光秀も大本も、歴史的には「逆賊」のようなレッテル
がはられている。今年は「大河」の影響で亀岡にいく方も多かろう。ミーハー感覚で行っては見えないかもしれないが、
この地に城をつくり、その後宗教の本部にしたふたりの素晴らしき人間性があふれているところ。かのジョンレノンも
「終の棲家」は亀岡が第一候補やった。今でも予約がとれないので、教えられへんけど、亀岡にいい店がある。
そこで亀岡の地酒「この花さくら」を飲むと、光秀と茶会をしているような気分になる。彼が本能寺の変の前
に開いた茶会で読んだ一句が残っている。たぶん大河ドラマでも紹介されるだろう。

時は今天(あめ)か下しる五月哉(さつきかな )

「天下」をとろうという意味が含まれる、と後の人は読み解いた?つもりでいるが、
彼には、そんな野心はなかったんじゃなかろうか・・・?              感謝。

満まめの会 こころ見つめる日。

今日は「満まめの会」 まーくんがやってきて二階で「気孔整体」をやってくれる。
4年くらい前、ぎりぎり五十肩(今なると六十肩)になった時に、「向島にすごい整体師がいる」
ということをお客さんに教えていただき、すぐにチャリンコにのって整体を受けた。その日は、体が軽くなって、チャリンコをそこに
忘れて、スキップしながら帰ってきた。長く蕎麦打ちをやっていると、猫背になりやすく、背中の筋肉がやたらに発達したりして、普通から遠ざかる。
彼の整体を受けていると、呼吸の仕方や歩き方、毎日そばを打つ前のストレッチの仕方などのアドバイスを受け、何とか五十肩を克服し、
元気な六十代を迎え、毎日朝から蕎麦を打ち、酒は飲むし、たまには養生訓よろしくハグをしたり、謳歌している今日このごろ。

まーくんは、生まれつき目がほとんど見えない。でも勉強家なので本も読むし、酒場もいくし、このブログも読んでいるらしい。
ときどき、目の調子が悪く、病院で「完全に見えなくなる」と言われたりすると、絶望して、酒びたりになったり、夜中に
電話がかかってきたりしていた。生まれつきまったく見えない人と、途中から見えなくなる人、後者は絶望の淵にたたされ、自暴自棄
で自死の道を選ぶ人も少なくないらしい。何度か酒気帯びで整体をするような日もあった。そんな日は終わった後に、立っていられないくらい
ぼくが真剣に怒ってさしあげた。そのたびに「しばらく休業」ということも何度かあったが、今でも月イチで、なんとか続いている。
ブログには書ききれないくらいデリケートな心理学みたいなものも学ばせてもろうた、ような気がする。

神谷美恵子さんという「すごい坊さん」みたいな人がおられた。お医者さんであり、心理学者であり、英文学や哲学書の翻訳をし、長島愛生園でらい病患者さんたちとふれあい実践と思索の日々。一人の女性として、また市井の生活者として、苦しむひとや悲しむひとの傍らによりそい「日常茶飯」のことを、書き続けた人だ。
木曜日、突然かっぽれが休みになり、時間があったので、彼女の代表作の「生きがいについて」を読み直した。
1966年に7年かけてできた本なんだけど、まったく古びていない。まだパソコンもスマホもない時代にこのような文を残した。
「令和のバイブル」になるかもなんばん。

「現代日本の社会、さらには現代文明と人間の生きがいの問題は今後ますます大きくのしかかってくるであろう。
現代文明の発達はオートメーションの普及、自然からの離反を促進することによって、人間が自然の中で自然に生きるよろこび、
自ら労して創造するよろこび、自己実現の可能性など、人間の生きがいの原泉であったものを奪い去る方向に向いている。
どうしたらこの巨大な流れの中で、人間らしい生き方を保ち、発見していくことができるのであろうか」

ひとごとではない、昔のことではない、「今ここ」に生きる人すべてが真剣に考えるテーマがいっぱいつまっている。感謝。

白鳥(しらとり)は悲しからずや

白鳥は悲しからずや 海の青 空の青にも 染まず漂う。 福岡出身の北原白秋のうた。

孤独ではなく、孤高な感じがして好きだ。日本で初めて唱歌をレコード化する時、時の文部省が
白秋先生にお願いした。「先生(シェンシェイ・・福岡弁)、歌にのせるけんが、語尾を削ったり、変更する可能性がありますが、どげんですか?」と
打診すると、「わしの詩は、一語一言に魂がこもってるけん、そげなこつしたら、腹かく(腹立てる)バイ」
といって断られた。困った文部省は、あきらめて西条八十先生に頼んだ。
八十先生は「いいよ、なんぼでも変えてあわせてあげる」という融通無碍な返事をした。
そうして「カナリア」が日本はじめての唱歌のレコードになったらしい。
その後、青い山脈、蘇州夜曲、同期の桜、王将など、唱歌から演歌、軍歌まで幅広い世界で作詞をされた。

先日、味噌作りの人たちに、いっせいにメールをした。「今年やりますか?」「大豆の種類・麹の種類」「何キロやりますか?」
100人以上の人から、ぞくぞくと返事がくるので、筆子さんはその集計やスケジュール作りに躍起な日々。
ラインなんかを駆使して、便利な時代になったけど、なんかその便利さに振り回されている感も否めない。
この季節、そのメールの返事を兼ねて、距離に関係なくお店に新年の挨拶にこられる人もあまたおられる。

昨日は「群馬」と「金沢文庫」から毎年味噌つくりにくる人が、わざわざこられた。
群馬の人は、正確には埼玉で、ご主人が5年前から群馬の里山にセルフビルドで「終の棲家」を
つくっておられる。もちろん、基礎や屋根や水回りは業者に頼んで、壁とか床とかをDIYでこつこつ作ってておられ、
やっと完成した、とのこと。狩猟の免許を採り、罠をしかけたらイノシシがかかった、とのこと。
はじめてのことなので、とどめをさすのに躊躇して、鉄砲の弾を3発使ったらしい。急所に命中できなくて
悲鳴をあげるイノシシの声を断末魔のように感じたらしい。猟友会など、各地にあるけれど、みな高齢化のため、
「技」がうまく伝承されていくのを拒んでいるようだ。これからそんな「技」が大事になってくる。
明治政府が、徴兵と徴税のために、山に住む人たちを都会に住まわす作戦をたて、人は都会で過ごす
ようになった。その延長が「東京一極集中」の今のかたち。一度便利な暮らしを手にいれると、田舎暮らし、
自然とよりそう暮らしに戻すのは、きわめて難しい。これからの日本に一番大切なところが、あやうい。

「金沢文庫」の夫婦はぼくらの子供みたいな世代。ふたりの結婚の保証人をさせてもろうたり、三々九度の会を
親戚あつまってした会も、二階で「普茶料理」をしながらやった。「NUSUMIGUI」というファッションのブランドで
大活躍されている。今年は能登でいっしょにキャンプする予定だ。その業界は不況も真っ只中だけど、彼らは
「ファッション」という定義を、服だけでなく、キャンプや釣りをしたり、「生き方」「暮らし方」そのものを提案していて、
若者のこころをつかんでいるようだ。いっしょにきた「OSAKENTARO」も、今日から近くの長屋スタジオでイベント。
彼らは全国区で活躍中。

まだまだ子育て最中のママさん、孫の世話でてんやわんやのおばあちゃんたちも、日程や材料の打ち合わせに
こられる。夜は「英語でそば会」やった。その前にヨーロッパから留学されている若い女性ふたりがそばを
手繰りにこられた。「海外のウェブに天真庵が紹介されていて、今そばにはまっているので江戸川区からきました」
と流暢な日本語でのたまわれていた。英語の先生家族も毎年味噌作りに家族で参加される。みんな家族や。

みんなこの大都会の中で、白鳥に負けないくらい、子育てやら親の介護をしながら、生き暮らしている。
ぼくらも自分たちの子供はいないけど、子供や孫たちが、名前も覚えられぬくらい増えてきた感じがする。
そのうち、今日食べたものもわすれ、常連さんに「はじめまして」といったり、改札にパスモのつもりで
診察券などをかざすような日が、すぐそこにきているような気もする。そんな忙しさにかまけて昨日はメールの
返事もだしそこねた。

今朝、山村暮鳥の詩を思い出した。明治生まれの詩人。「静かな山村の夕暮れの空に飛んでいく鳥」
というイメージのペンネーム。童話作家でもあった。

よくよくみると
その眼の中には
黄金(きん)の小さな阿弥陀様が
ちらちらうつっているようだ
玲子よ
さつきよ
おとうちゃんと呼んでくれるか
自分は恥じる

*子供の天真にふれながら、親として居ずまいを糺したり、子供の未来
を夢みながら、もろもろな問題にもがいている。でもひたむきに前に進んでいる「親」の姿勢が素晴らしい。
人生は今今今・・・・の数珠つなぎ。 人と人との数珠つなぎ。                        感謝合掌。

風が吹くと炭やが儲かる?

中東が火だねになって、第三次世界大戦になる恐れがある。
今年の冬は暖冬で、しかもペレットストーブがあるので、炭を
あまり使わない。二階で「普茶料理」をする時は、京都の樽源の豆腐桶を
使って湯豆腐をするので、その時には必ず炭を使うけど。

ペレットは、東京にはあまり売っていないので、長野のペレット工場に200k
頼んで在庫してある。炭は、旅の途中で炭焼きをしている場所を見つけると、そこに
立ち寄って買ったりする。材料の「木」によって、香りやエナルギーが違っていて、
なかなか奥深いものがある。お茶にも「炭点前」というのがあり、置き方によって
火力や持続時間が変わったりしておもしろい。

まだ炭はいっぱいあるけど、油の値段が高騰しそうだから、いつも買うお店にメールを
したら、「売り切れ」だった。まさか令和のこの時代に「同じような生活」をしている人がいることに
びっくりした。日本人の数は減少しているけど、どこかに同じような人が暮らしているんだ、と思って
少し安堵した。

火曜日の開店前に、スレンダーできれいなひとが、お店の前に並んだ。
12時開店の看板がたっているけど、10分前には開けるので「どうぞ」といったら、にこっとされて「すいません」
といって、窓際のステンドグラスのところに坐った。この席にはじめてきて坐る人は、前世から繋がっているくらい
無駄のない縁で繋がっている人が多い。

「能登そばUFOを食べにきました」というので、「宇宙からきたのですか?」と聞き返した。
笑いながら「新宿からです」とのこと。夏限定なので、「鳥そば」に変更してもらって、だした。
蕎麦を茶人のようにきれいに手繰った後、「ほぼぶらじる」を飲みながら、ぽつんと・・

「わたし 二年前に能登に家を買い、同じように東京と能登のデュアルライフをしております」
とのこと。例のテレビ金沢の映像を見たらしい。「なんで能登に?」「能登で何するの?」と、何百回くらい聞かれた質問を投げかけると、
「取り壊されそうになった古民家にひとめぼれしまして・・」「子供がまだ小さいので、能登には
完全移住するにはいたりませんが、あちらにいくと子供たちも喜ぶのでいずれは・・」
という。うちは子どもはいないけど、能登に子供つれで遊びにくる時の、「子供の顔」が
天真爛漫て印象的だ。「能登のどのあたりの家ですか?」と聞いたら、「志賀町・・・」
「それは、うちから車で10分ほどや」とふたりで顔見合わせながらびっくり。
世の中に、同じ顔したもんが3人いるとはよく聞くけど、こんな稀有な「生き方」を
している人と東京ではじめて知った。

夕方その人からメールが来て、正確な住所と、家の中の様子が添付されている。
グーグルマップや、友人のブログで能登町の「あばれ祭り」の映像まで添付されている。
まだ30代とおぼしき人であるが、「ここに家の鍵がおいてあるので、こんどいかれた時、中をのぞいてください」
とのこと。「シエア」することが、あたり前になった時代ではるが、ほんとうに「新しい時代がきた」と痛感する。
うちの家は海まで徒歩3分。そこの家は、3秒。家も古色蒼然としてるが、調度品や美術品もちゃんと整って
いてやはり美術館みたいな癒し場である。能登がまたまたおもしろくなってきた。

テレビ金沢に紹介されたのに、集落の人たちとお茶を飲んでる映像がある。そこの部屋
は、置き床のところに「木庵」の掛け軸があり、その隣に鎌倉彫の飾り棚があって、そこに
唐津の抹茶茶碗がおいてあって、よく抹茶を点てる。久保さんが土で器をつくり、それに清水公照さん
が揮毫したものだ。小ぶりで「ひとり茶」の時にいい。清水さんは東大寺の館長さんだった人で
「昭和の大仏殿大修理」をなしとげられた「えらい坊さん」だ。生前たくさん久保さんとコラボをしたけど、
こんな言葉を残した「えらい坊さん」。

「自由に生きるって?  歩いてみなはれ」
「息が出入りしているのにフイッて気がついたら、ははっつと納得できるやろが」
「な~んでもないことによ、気がついたら しめたもんや」

ひとりでお茶を飲む時、いつもそんな声が聞こえる。
だまって歩いていても、右足左足と交互にでる。息も意識してなくても吸える。
意識すると宇宙と繋がるような深い呼吸もできる。のどが乾いたら、口から水が飲める。
なんの不足も不自由もない。なのに人間はあれこれ、不満たらたらな毎日をおくっているんやろう。

1月31日(金) 開場19時 開演 19時半  4000円(蕎麦会付き)

赤須翔(ギター)
シャンデル・ロブレス(ウォッシュボード)

2月29日(土) (仮)De amor em amor (ブラジル音楽)

演奏:寺前浩之(バンドリン)、バエデール・麻衣(サックス)、岸本麻子(ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

味噌作りが始める

今月末から「菌活の会」、つまり味噌作りが始まる。
東京から大分の耶馬渓(やばけい)に移住して、自然農で大豆と米を
つくっているTくんに昨年はお願いして大豆をおくってもろうた。
今年は、あまり収穫できてなくて、同じような農法でやっている友人を
紹介してもらった。この二三年、生徒さんが100人を超えている。
今年も二月は「能登休み返上」で、菌活の毎日。
おかげで、毎朝が「具たくさんの味噌汁」という家庭が増え、終活とは縁遠しの
「健康で持続可能な人生」をおくる軌道にのった人たちがまわりにたくさん。

ぼくも昨年能登の畑に大豆を蒔いた。夏に日照時間が少なかった、ので
思ったほどさやの中に実がつかなかった。でも夏の暑い中で野良仕事を終え、
ビールのつまみに自作の枝豆、というのは、格別美味かった。

昨日は二階で「普茶料理の会」
日本人ふたり、韓国人ふたりの4人。どちらも、誰でも知っているような会社のトップの人たち。
普茶料理とは、隠元和尚が宇治に黄檗山を建立し、「禅」と「食文化」と「書」を広めた中の食文化。
「普(あまね)く、大衆に茶を施す」という意味で命名した「精進料理」だ。
京都や宇治にいくと、専門店がある。派手さはないけど、大皿にのせた料理をみんなで分けあって食べる、
という哲と、茶を中心にした質素だけど健康的な食事、という意味では、食育の原点みたいなものヒントがいっぱいある。
京都のお寺のまわりに豆腐屋が多いのも、隠元和尚のおかげ。もちろんインゲン豆も、そのおかげ。

仏教も儒教などの東洋思想やお茶やお花の文化は、中国から海を超えてわたってきた。
今は、中国とも韓国とも、ガチャガチャした微妙な関係だが、もともとは「根っこ」で繋がっている。
きのうは「お流れ」をちょうだいしながら、料理や掛け軸や茶の文化などを談論風発。
こんな会が広まれば、アジアはひとつになれる。のに。ちょっとした「こころのおきどころ」で、「平和」か「戦争」か
の分かれ道になる。いっしょに生活をする人との関係も、職場の人間関係もみないっしょ。感謝。

1月31日(金) 開場19時 開演 19時半  4000円(蕎麦会付き)

赤須翔(ギター)
シャンデル・ロブレス(ウォッシュボード)

29日(土) (仮)De amor em amor (ブラジル音楽)

演奏:寺前浩之(バンドリン)、バエデール・麻衣(サックス)、岸本麻子(ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)