月曜日の朝は卵かけごはん

今日はスカイツリーが5歳の誕生日になる。
その一年前、つまり311の年に「卵かけごはん」が始まった。
途中から「天真庵流のお点前」みたいな食べ方が主流になった。
そうすると、きみの黄みの味が引き立つ、ホント。

ぼくの生まれた北九州では「黄身」のことを「きなみ」という。
京都に住んだ学生時代、御所の近くの「安兵衛」というおでんやで
「この卵のキナミがうまいね」といったら、「?」顔されたことを覚えている。
京都ではゆで卵のことを「にぬき」という。いろいろな土地に、その土地特有の風俗がある。

昨日は暑かったけど、汗だくになりながら、たくさんお客さんがきてくれて、朝から
バンバン打ったそばも、みんな売った。
夕方から、二階はお仕覆。一階では「そば打ち教室が始まった。」
ぼく以外はみな、といういつもだけど、不思議世界。

大型新人さんも初参加。なんやらいうお出汁の会社のインストラクターの資格を有して
いて、その延長線に「そば」があるらしい。すばらしいことだ。「和」の食文化は、
その中心に「出汁」がでんと座っているようなもの。
ベテランの「そばもんねえさん」たちの指導もよく、艶やかなそばができた。

その後は「なんとなく鮨を食う会」。各地で「すし職人をつくる学校」みたいなものが
流行っているらしい。天真庵では寺子屋のように、「個」を大切にしながら、みんなで
高めあうような内容。唯一無二の「すしこや」になりつつある。もちろん「そば鮨」も
習うことができ、その場で食う。

8時から10時が「卵かけごはん」  夜は「福の会」
「個」を磨いていくと、生きている人のぶんだけ、「福」の種類があっていいかもなんばん。
根本的には「人とくらべない」ことや。

なんとなく鮨をくう会

昨日は三線ライブ。明日スカイツリーは5歳の誕生日。
タケシィは50歳の誕生日。明日が結婚記念日という常連の夫婦
と0歳のれんちゃんが三線を聴きにきた。最初はねむっていたれんちゃん
が三線に反応して、手拍子をうったり、拍手をしたりして、会場をわかせた。
おかあさんは難産で大変だったけど、悠然と南山を見る、そんななごやかな
子供に恵まれた。

昼間は「満つまめの会」だった。珈琲より玉露を飲むほうが、「気」にいいと、
最近は二階にあがる前に、玉露を一煎飲んでからまーくんが二階にあがる。
「玉露を飲むと、瞬間的に体中の毛細血管まで玉露のうまみが伝達されるでしょう」
と、これまでは説明してきた。まーくんは、初めて飲んだ時、
「このお茶は、頚椎の7番あたりから仙椎まですっきりさせるものがあります」とのこと。
ぼくがそんな風にいうと薬事法に抵触しそうだけど、彼がゆうと、「ふむふむ」という感じ。

昨日は最初にドイツからきた若いカップルが「ザルソバとギョクロ」を所望されたこともあり、
玉露がいっぱいでた。海外でも「ギョクロ」が大ブレークの気配ありだ。
ワイングラスで飲む、は、気にいらないけど、煎茶が世界に広がっていくのは、素晴らしいことだと
思う。

今日は日曜日なので、16時に閉店。それから「そば打ちにっぽん」&「なんとなく鮨をくう会」
二階では「お花」と「お仕覆」のお稽古日。
この会も、南島原でやったり、来月は能登でやる。日本の文化は、参加してこそ、価値がある。

明日の朝は「卵かけごはん」夜は「福の会」

スカイツリー5歳の誕生日おめでとうライブ

昨日のブログでお伝えしたように、二日続けてライブ。

19日(金) MUSICA LIBERA TOKYO

演奏:山根孝司(クラリネット)・藤田朗子(ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥5,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

20日(土)タケシィ 三線(サンシン)らいぶ

演奏:タケシィ(三線)

19時開場 19時半開演 ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

昨日の山根さん、藤田さんのユニットは、二年前に宇部で聴いたことがある。
山根さんといっしょに習っていた古流の花の原田先生が、体調をくずし、
東京にこれなくなったので、「では」といって、宇部でやってくださった。
それが、原田先生と最後になった。
お花も、音楽も、「その場かぎり」の一期一会が基本だ。お茶はその際たるもの。
その場で「消えていく」という刹那の中に輝きがある。
昨日のコンサートも、たぶん天真庵では、最初で最後になるであろう稀有なひとときだった。

今日はタケシーの「三線ライブ」。スカイツリーが明日で5歳。
タケシーもスカイツリーと誕生日が同じことから、毎年このあたりでライブ
をやることになった。

お茶を飲む、花を生ける、音楽に感動する、というのは「生きている」という
喜びと感応する伊吹みたいなものだ。生きて限りは、そんな感覚を失わずに
いたい、とつくづく思う。

というわけで、本日も16時閉店。「満つまめの会」は、12時から・・今日も満席。

明日は日曜日なので16時閉店。お花のお稽古日であり、お仕覆のお稽古日でもある。
16時半からは「がんばれ そばもんの会」&「なんとなく 鮨もやるもん」がある。

明日で5歳になるらしい。

今日明日は、素敵なライブがあります。

ので、どちらも16時閉店です!

19日(金) MUSICA LIBERA TOKYO

演奏:山根孝司(クラリネット)・藤田朗子(ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥5,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

20日(土)タケシィ 三線(サンシン)らいぶ

演奏:タケシィ(三線)

19時開場 19時半開演 ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

カリスマ調律師がやってくる

昨日は「タイムドメインの日」だった。
池袋時代から続いている「持ち寄り宴会」。
イワジーが、売茶翁よろしく、オーディオを北区の自宅から
ブルーシートを覆い、キャリングケースにのせてやってくる。
お客さんは、みなで聴きたいCD、食べたいもの、飲みたいものを
持ち寄って、それを聴く。昨日は「馬頭琴」を聴きながら、日本酒や
ワインを飲んだ。

おかげで程よく飲んで、今日はひさしぶりに、何もない休日。
お昼過ぎにお店にいき、カリスマの調律師を待つ。
明後日の「やまね組」のライブのために、ていねいに調律をお願いした。
このカリスマさん、器とか、うちのお茶とか、お稽古もんに波長をがあい、
ときどき横道にそれ、不思議世界をふたりで徘徊する。今日は最初にお出し
した「玉露」の話に沸騰した。玉露は沸騰しない50度くらいの温度のほうがうまい。

金曜日は、シューベルトの歌曲を、ピアノとクラリネットで演奏するらしい。
土曜日はタケシーの「三線ライブ」

アバンギャルドな普茶料理の会

二階で「一日一組限定の普茶料理の会」をやっている。昨日もほぼ毎月
きていただいてる人たちの会。
基本的に4人まで。大皿に精進料理を盛り付け、4人がおなじものを
分けながら食べる、というスタイル。しめのそばも備前とか伊万里の大皿にのせる。
珈琲も濃茶よろしく、抹茶茶碗に入れ、まわし飲む・・・ウソ。
久保さんの白い珈琲カップで飲む。

久保さんの「しろい器」。ひらがなでかくと、江戸っ子には「広い器」を連想するだろうが、
「白い器」。最初はドリップのない器、豆皿、ショットグラス風、などが中心だった。
天真庵の珈琲カップは、HPの表紙で、目をつむっておいしそうに珈琲を飲んでいるあの人が
手にもつ器。デミカップも月曜の「卵かけごはん」の時に大活躍している。

「普茶・・・」の時は、玉露か煎茶か煎り番茶を、「小さないがんだしろい器」にいれてますは「茶礼」。
最初のころは、茶たくに煎茶茶碗をのでてのスタイルだったけど、少しピリッとしすぎる
ので、ラフなそんなかたちに変えた。先月二階で結婚式らしきものをやってくれた「NUSUMIGUI」の
アトリエでは、ハーブティーを久保さんの「小さないがんだしろい器」で供される。

そこでそんな風におもてなしを受けた女子が、今月近くに「つながる」というカフェをオープンさせる。
今はやりの「甘酒」を、同じように久保さんの「小さないがんだしろい器」でだすらしい。

利休さんからお茶を習った古田織部が、アバンギャルドな器やしつらえをして、新しい時代を
つくって今でも「ひゃうげもの」としてマンガになったけど、「無茶しぃ」たちが、その時代
時代にあった新しいスタイルでお茶を楽しむ、そんな時代が目の前にきているような気がする。

今日は「タイムドメインの日」持ち寄りパーティー。この会からも、お茶やそばのお弟子さま
がでてきた。みんな気楽にやったらええ。ただし「基本」が身についていないと、自分だけで
完結しないので、長続きしないやろうけど。どの世界も一緒。「修・破・離」」(しゅはりが大事)

朝ごはんの王様

昨日で「染めもん展」が終わった。最初にこれを始めたのは、
富夢さん、こと、野村富造さん。2011年に突然旅立たれた。
ろうけつ染の名人で、大事な茶会などがあるときは彼の染めた
着物をきる。背広を着ていた時代も、ろうけつ染めのネクタイを
は、「今日が肝心」という日の戦闘服やった。

夏はその富夢さんが描いたTシャツなどを着ることが多い。
昨日はかっぽれ仲間のKさんが、骸骨を描いたTシャツを買っていかれた。
「いいな」と思っていたけど、「死神Tシャツ」や「寒山拾得Tシャツ」を
着ていると、ときどきおまわりさんに呼び止められたりするので、あきらめた。

先日、新聞社の取材のときには、河野さんがつくってくれた作務衣を羽織った。
背広でいういわゆる「スリーピース」風に作っていただいた。大変気にいって
いて、だれかの葬式でも呼ばれたら、着ていこうと思っている。誰がはやく逝かない
かな・・・なんて

今日は月曜日なので、8時から10時まで卵かけごはん。
手前味噌で具たくさんの味噌汁、自家製の香のもの、平飼いの卵、
ごはんは「元気つくし」です。醤油は天真庵の「かえし」。ふりかけも自家製。
簡素な朝食やけど、ちゃんとした卵かけごはんは、「朝ごはんの王様」やと思う。

12時以降は「満つまめの会」 最近pcやスマホの使い過ぎで、体の気
の流れが悪い人が多いみたい。これもちゃんとしとかないと、知らない間に
免疫力の低いからだになっていくみたい。元気の気、は大切やね。

夜は「普茶料理の会」がある。「普(あまね)く大衆に、茶を施す」という願い
をこめて、隠元和尚が中国から長崎にきて、その後京都の宇治の黄檗山から
広げていった精進料理。魚とか肉を食べなくても、元気の源になるのですバイ。感謝。

しつもんする力

昨日は、染めもん展の二日目。夕方、とある女性が
やってこられた。10年以上前からこの会にやってこられる。
小さなトレンドや、目先のことを近視眼的な損得で考えることなく、
「自分らしく」生きている目がパッチリこんの素敵な女子だ。

彼女が参加した、とある本を進呈された。昔から「アウツーもの」は読んだりしない
たちだけど、少しおもしろそうなので、昨日家に帰って、酒を飲みながら読んだ。
「しつもん」する、ということの無限の力を、わかりやすく解説していて、おもしろかった。

質問と漢字にすると固く、尋問との区別がつきにくい。
あくまで「しつもん」。できたら相手の気持ちになって「しつもん」して、ヒアリングの法則
よろしく、相手の中にある「宝」みたいなこたえを導いてあげる。

もちろん、自分に「しつもん」することも大事。
できたら、こころが波立たないとき、目をつむって座禅したり、静かにお茶を一服しながら
やるといい。「いま なにをしたいと思いますか?」「このままの生き方を続けますか?」
「お金の問題ではなく、いちばん大切なことは?」・・・・などなど

デジタルやマニュアルがはびこる時代になって、「答えがひとつ」であったり、
画一的にものごとが進められていくことが多い。黒だと思っても白と答えたり、
政界ではやりの忖度、みたいなことが職場やまわりに浸透している、そんな劣悪な環境汚染。
だれもが、閉塞感を感じ、「このままでいいのかしらん」と疑問符に憑依されながら、毎日を過ごしている。

その本の話をしているとき、南島原で知り合った「みっちゃん」の奥様がはるばる天真庵までそばを手繰り
にこられた。頼山陽がその地を旅した時、青い海の水平線を見て、「青一髪」と漢詩にしたように、
南島原の海は素晴らしい。青一髪な景色をみた瞬間に、人生観が変わる。芸術とか自然とかいうものには
そんな力が宿っている。
「このままではいかん」と思われる方は、一度、青一髪を見にいくことをおすすめする。時間やお金
がない人は、青山界隈の酒屋に「青一髪」という名の麦焼酎もある。

今日は「染めもん展」の最終日。お店は16時で閉めるけど、染めもん展は19時までやってます。
明日は「卵かけごはん」ですよ。夜は「普茶料理の会」や。

あなた色に染めて

そんな歌詞の演歌が昔あった。明日まで染めもん展。

京都から河野夫妻がこられ、染めもん展が始まった。
ゆかりの友達が、対馬からおいしいうにを土産にやってきたり、
毎年必ずこの展覧会にきてくださる懐かしい顔がそろった。
みんな10年年を重ね、それぞれ縁のある土地で、それぞれの人生をおくっておられる。

ぼくは10代後半から6年間京都で暮らした。その後コンピュータの仕事をしている間は
あまり上洛していないけど、ギャラリーをはじめ、煎茶をやり始めてから、またいく機会が
増えた。興味の中身がかわると、京都の景色も変わってくる。その奥深さがいい。今は
あまりにも観光地くさい、ので、いくとしても洛中を避け、洛外で酒、が多くなった。

閉店した後、京都のお土産にいただいた地酒と対馬のうにで乾杯。
あまりにうますぎて、酒に完敗したような気分。年を重ねると、酒
は弱くなるけど、酒をうまく感じるのは、若いころにくらべ比にならない。

今日明日は12時から19時まで「染めもん展」
(明日の一階での営業は16時まで)

今日から「染めもん展」やで!おこしやす

昨日は午前中は、ベテラン焙煎女子たちと、珈琲の勉強会。
玉露を飲み、飲み物の「まるみ」を舌の上で感じながら、いろんな珈琲豆を
焙煎したり、ブレンドしたり、それを濃いめに抽出して、氷を浮かべてのんだり、
水だし珈琲のコツを伝えたり、楽しみながら、融通無碍で無限の珈琲曼荼羅世界を逍遥。

二階では「満つまめの会」。ほんとうにこの会は、根っこが繋がった人たちが、優美に
広がりを見せはじめた。まだ半年たっただけやけど、年末あたりはたいへんなことになりそうや。

同時に2時からBCNというコンピュータ業界の新聞社の社長が「取材」にこられた。
天真庵にジャズの風を吹き込ませてくれたワカ、こと吉若徹さんは、ここの専務やった。
ソフトバンクを辞めて秋葉原にコンピュータの会社をつくったのが昭和58年ころで、
そのころからBCNさんとは、仲良くさせてもらっている。今更、インタビューもないけど、
「今」を語るのもよし、ということで、「今日」(裏千家の先生が今日庵からその名を刻んだんやろね)
と書いた茶櫃に、久保さんの煎茶碗、渡り(中国からわたってきた、という骨董言葉)の古錫の茶入れ、同じく
古錫の茶たくなどを使って、玉露を入れて、それを舌の上で転がしながら、談論風発。

その中で「なんで東京にきた」という話になった。「そうだ京都にいこう」というキャッチコピー
が流行ったことがあるけど、「そうだ東京にいこう」ときめた瞬間があった。

京都の白川道りに「からふねや北白川店」というのがあった。ぼくはそこの店長やった。すぐ近くに
「天下一品」の本店があり、もう少し下ったところに京都造形芸術大学があり、そこからまた少し
下ったところに、比叡山上り口という場所がある。そこに「大仙」という料理屋があった。
ある日、求人誌の担当のくまもんさんと酒を飲んでいた。伏見の名誉冠のぬるかんを、古伊万里のひさごの
徳利でだしてくれるお店やった。その名前は忘れたけど、くまもんさんが「九州からすごか男が東京で会社を
たちあがらっしゃと」という。みると、脳裏にかつて見たことがある男がのっていた。
「日本ソフトバンク 社長 孫正義」。間髪をいれず、「こいつ、知っとるばい」と返したら、「また
ごじょうだんを・・」とまるで、まるでだめおの酔っ払いのような目でこちらを凝視するので、カウンター
のはじっこにおいてあったピンク色の公衆電話に、十円玉をいっぱい両替して、孫さんに電話をした。

次の休みの日に上京して、何か月後に、ぼくは「日本ソフトバンク」のバイヤーの名刺を持って
いた。おわり。そんな感じだ。

今日から「染めもん展」。河野さんが京都からやってくる。彼はさきほど紹介した「京都造形芸術大学」の一期生。
そこの先生たちや生徒さんたちも、「からふねや」には、ぎょうさんきてくれはった。
お花とお仕覆を教えにきてくれはるT先生も、そこの出身。

創始者の徳山先生もときどききてくれはった。壱岐の出身で、志がありすぎたんか、牢屋に入れられたことがある。
いのだの創始者もそんな話がある。みんな必死になって、煩悶してた時代。そのときに差し入れられた
本が、奈良本辰也著『吉田松陰』やった、とHPにかいてあった。吉田松陰が終生にわたって德山の思想的な礎になったらしい。
奈良本先生は立命館文学部の先生で、その門下生に煎茶の重鎮・小川行楽さんがいて、奈良本先生は、歴史学では弟子の行楽さんに、
煎茶を習い、生涯煎茶世界に遊んだ達人でもある。

そんなかんやで、池袋時代から続く「染めもん展」を日曜日までやっています。よかったら遊びにきいや。感謝。