たまかけごはん タケノコごはん

今日は月曜日なのでこれから「卵かけごはん」
味噌汁の実は、能登のおばあちゃんが掘ったタケノコ、わかめ、あぶらげ・・

若竹煮をつくった翌日は、そのあまりで「タケノコごはん」をつくる。
タケノコを小さく刻み、わかめも刻み、味を少し整えて(煮物は最初は薄味にして、ジョジョに
整えていくのがよろし)、おあげがあれば、なおよろし。
そんなことを考えていたら、近所に住む常連さまがおあげのおすそわけをくれた。
よくいろいろなものをいただく。ぼくのアドレスがjyuttokuだからかもなんばん?
あぶらあげのうまい店が近くにあるのは、幸せなことだ。おいしいあぶらあげをもって
きてくれる人が近くにいるのも、幸せなことだ。

「寒山拾得」(かんざんじゅっとく)の拾得は、お寺の豊干禅師に拾われて、「典座」(てんぞ)
になった。典座とは、お寺の「まかない」をやる人で、雲水よりも位が高い。
典座教訓・・曹洞宗の初祖道元さんが残した本がある。畑にあるものを忖度(いまはやりの・そんたく)
してこころをこめた料理をつくる。人間の根源的なよろこび(好喜の底・こうきのてい・・そんな禅語を思い出した。)

京都の長岡に「天真庵」があった時代がある。南條先生の姪っ子さんが嫁いだ家で、長岡天神の
すぐ近くにあった。そこの主人は京野菜のめききで、こつこつ八百屋をやりながら、その地に
「小さな美術館」みたいな素敵な空間をつくった。今回、能登に美術館をつくることになり、
HPの「寒山拾得」の世界の写真をあらためて見直すと、まだ40だったころの自分やスタッフ、
画家の生井さんの尺八、ボクサーの岩本さん、そして京都の天真庵(正確には、画廊天真)
の主人たちがのっていて懐かしかった。

その京都の主人は、毎春に東京でやっていた「南條観山展」に、朝堀の筍を新幹線で
土産にもってきてくれた。来ると、「挨拶はさておき、鍋に湯をわかしてくれへん」というのが口癖。
ちゃんと筍を地面に植わったままの直立不動の向きにかかえ、もってくるのだ。すごくささいで
当たり前のことだけど、彼はそうゆうことを大切にし、野菜に愛情をもちながら、生きてきた。
たけのこごはんに「あぶらあげ」を入れるのも、京都風だといって教えてくれた。
そんなことを思い出した。人にはいろいろな「歴のひきだし」がある。
ながいこと生きていると、風化していくものも多くなるが、年をとって「気づく」こともいっぱいある。
そんなことがひろいあげられる瞬間も、「拾得」になった気分。

今日の夜は「順受の会」・・23年続いている論語の会。
明日は「書の会」
水曜日が「おんなかっぽれ」

夏も近づく・・・

今日も30度近くなるらしい。
こないだまで、炭火を起こす・・・から一日が始まって
いたけど、今は、窓を開け、麦茶を沸かす・・・にかわる。

今日は「満つまめの会」があり、営業は16時まで。
それから「蕎麦打ち大学」。
昨日は、開店する前からバタバタで、2時ころにほぼそばが売り切れだった。
今日も元気に蕎麦を打ったけど、もうひと玉打つとしよう。

明日は「卵かけごはん」夜は「順受の会」
明後日が「書の会」

5月のスケジュール 染もん展

「京の染色工芸」 河野染色工芸スタジオの仕事

18(金)15~19時、19(土)・20(日)13~19時

26日(金)ギターライブ

演奏者:成川正憲(ギター)

19時開場 19時半開演

いかんともしがたい?

さざえをさしみにしようと思ったら、あの殻を生でとらないといけない。
ある程度大きくなったものなら、すぐに取り出すことができるけど、出始め
のさざえさんをさしみにするのは、けっこう大変なことだと、指が痛感。
いかんともしがたいものがある。

いかを塩辛にする。これがいかんとも・・・というわかにはいかない。
東京で使うイカは冷凍ものが多い。朝どれのイカとふぐといわしを梅茶翁のしんごちゃんが
土産にもたせてくれた。わたもそのまま食べてもうまい。能登ではそうするらしい。
昨日はそれに、塩を少しまぶし、ゲソなどをぶつぎりにして、出来上がり・・・
味噌と酒を入れると、別次元の「塩辛」ができる。

昨日の昼、ワイン好きの友達が昼酒を飲みにきた。ワインと塩辛が大好きなんだが、
それでは組み合わせが悪い。昨日は塩辛をつまみに能登の地酒を2杯飲んでいかれた。
ふぐの白子をさっと湯通しして、ポン酢でだした。「死んでもいいなら食べて」
といってだした。一本目が終わるころ、ニコリと笑って食べられた。こうゆう勇気ある人
のおかげ?でいろんなものが食べれるようになった。

いわしは、手さばきをする。東京の居酒屋なんかでは、しょうがなど薬味を使うことが多い。
能登のそれは、そのまま、おろして醤油で食べる。そのまま、が、高次元。
梅茶翁の梅林の梅で梅林ガールズ仕事でできた梅干しといわしで「梅煮」。
10匹つくったけど、すぐに寒梅、いや完売・・・性格には、常連さんにくばった。

お金を使わずにそろった材料で、いろいろつくってみた。
「ほんとうのゆたかさ」が、このあたりにありそうな気がしてきた。  天のめぐみに感謝。

能登の「梅茶翁」は土日営業。有名なジェラート屋(能登町)を目指して遊びにいくといいよ。

究極の若竹煮

3日間能登で暮らした。
絵や陶器などは、あらかた引っ越しができた。
「美術館」としては、必要なものが揃った感じ。
近所の家に江戸のお菓子をもって挨拶にいった。

最初の家のおばあちゃんが、「こんな田舎やけ 何にもないよ」
といって、今朝取りのワカメとさざえを10個くれた。
いきなり豪華な原始的なぶつぶつ交換。無一物、すなわち無尽蔵。

次にいったおうちのおばあちゃんは野良仕事の恰好ででてきて、
「さっき山で掘ってきた。なんにもないけど・・・」
といってタケノコをくれた。今晩のおかずが「さざえのさしみ、わかたけ煮、わかめのサラダ・・・」
いきなり地産地消の贅沢な夕食になった。浦島太郎にでもなった気持ち。
住んでいる場所の近くの小高い場所にあがり、そこから見える場所のものを食べる。何の不足もない。
縄文のころから、日本人はそんな生活をし、そこにいる神様たちに感謝しながら生きてきた。

次の日、能登富士といわれる高爪山が青い空を借景にいい具合で目の前にあった。
前田利家ゆかりの神社・高爪神社が近所にある。その昔は、北前船もこの山を目印に航海した歴史
もあり、海や山のあまたの神がおられるような神社だ。

石段をコツコツ歩いてお社にいき、帰ろうとしたら、下からゆっくりとのぼってくる仙人みたいな老人
とすれ違った。「おはようございます」と挨拶したら、「どちらから・・?」と聞くので
「東京です」と答えた。「F宮司さんはそこにいますよ」いってほほ笑んだ。
びっくりした。東京から初めてきた人に、自然に「F宮司・・・」
実は、ぼくの親しい友人の親友がFさん。お参りした後に、挨拶にいく予定だったのだ。
この神社は昔は「鷹爪神社」と呼ばれていた。仙人たちが鷹にのっていききしていた神域でもある。
そのうちぼくも鷹かUFOにのって、能登上空を散策してみよう。

今日は「満つまめの会」

達磨さん にらめっこしましょ

月曜の朝は「卵かけごはん」

二階に「初祖達磨大師」という軸がかかっている。
黄檗山の二代目住持「木庵」の書。黄檗三筆のひとり。
黄檗も曹洞宗・臨済宗と同じく「禅宗」で、達磨さんが教祖にあたる。

その達磨を梁の武帝が、寺などを用意して、手厚くお招きしたときの会話がおもしろい。
武帝「寺をつくり、経典を用意し、あらゆる努力をしている。どんな功徳があるだろうか?」
達磨「そんなものなにもない」<無功徳>
武帝「いったい仏教の第一義はどのあたりにあるのだ?」
達磨「そんなもん 知らへん」<不識>
びっくりした武帝は
「いったいお前さんは誰だ」と問うと
達磨は忽然と「不識」と答えた。   

いきなり達磨さんの教義に入ると、一般の人にわかりにくいので、「ぼちぼちこのあたりから」
といった配慮からか、こんな禅問答あたりが、禅の入り口に用意されているようだ。

ぼくが蕎麦の修行をした場所も、広島の山奥にあった「達磨」さんだった。
蕎麦の神様と呼ばれる「高橋さん」の座右の銘も、仏教の根本。
「上求菩提 下化衆生」

「不立文字」・・・いろんな「教え」を言葉や文字で教えることなかれ・・・

つまるところ、達磨さんは「弱音をぐだぐだはくな。そして人間本来(天真)のことにあたれ。」
といったところか・・?人生達磨・・ 手も足も出ない時がある。そんな時は、自分のこころを見つめる、といい。 

明日から3日間、能登暮らし。「そこで暮らしているような美術館」に何をおくか・・
あれこれ悩んだりしていると、達磨さんから「喝!」が飛んできそうだ。天恩感謝。

いい夫婦じゃないよ いいウーフ  

今日は二階で「満つまめの会」
夕方からは「お仕覆」の会がある。武内先生が突然
昨年末に旅立たれたけど、弟子たちが工夫しながら継いでいる。
「伝統」というのは、こうやって完璧ではないけど、続いていくものなのかもしれない。
「私は種をまいただけだけど、きっとみんなでやれば花が咲くわ」とあちらの世界で
笑っておられる姿が浮かぶようだ。

本来は武内さんがお花を教えて、その後に生徒さんが入れ替わり、お仕覆を
やる、というのが日曜日のならわしだった。お花の方は、福岡から
友人のSさんが時々、友情上京して、近くの長屋で教えてくださっている。
お花、お茶、お仕覆・・・みんな絶滅危惧種みたいなもんやけど、なくしたら
日本人がこの星からいなくなるような気分。

「寒山拾得」・・・も同じように絶滅危惧種。昔から日本人の「暮らし方・生き方の天真(真実)」
みたいなものを教えてきたもの。今は粗衣粗食の民を「負け組」といったり、今だけ・金だけ・自分だけ
といった気運が人のこころを支配しているけど、そろそろ「違うでしょ」という振り子がもどって
きそうな時かもなんばん。「ちゃんと生きていこな、みんな」

明日の夜からまた車で能登にいってくる。「なんで今どき寒山拾得美術館?」と聞かれることがある。
「好きでやっているだけ」と答えるようにしている。それも天真(本心・良心)
毎朝天真庵のHPの「西能登あかり」ちゃんを見るにつけ、「まっといてや」と声をかける。
「能登の里浜に暮しているような美術館」をつくっている最中。日々是好日。

明日の朝は「卵かけごはん」
「暮らしの実験室 やさと農場の卵」でまっています。
最近、ここの会報に「ウーフ」という言葉がでてきます。
WWOOF(ウーフ)とは、世界各地のファームに滞在し、現地の生活 を体験したり農業について知識を深めるボランティア制度です。
それが広がりを見せ、お金ではない原始的ぶつぶつ交換。相手がよろこぶ姿を見て喜ぶ、という風習が若者を中心に世界に
広がっているようですね。すばらしいね。

火曜・水曜・木曜は「能登里浜時間」

田舎のそばやは山菜のてんぷらが美味い

と思う。なんでも路地ものとハウス栽培ものがある。東京では後者が圧倒的に多い。
野菜とはそもそも野生の菜。きんたまを抜かれたような味?しかしない野菜は野菜とはいえないのではなかろうか。

昨日は、わさび菜を胡麻和えにした。少し熱めの温泉くらい(50度くらい)に、わさびなを
入れ、15分くらい。湯上り美人のようなそれを適当な大きなに切り、ボウルに入れ、ごま油と
そばつゆであえ、ごまと酢を少し入れてみた。しゃきしゃきしたサラダのような触感の中に春の香り。
常連さんがそれと合津娘で一献。「また女性にくどかれたくなった」とのこと。
「そんなにもてたの?」といいそうになったけど、そこは客商売。誰でも「もてた」
とかいう自慢したくなる錯覚をする時代があっても、ま、いいか。

そのお客さんは煎茶の先輩で、昨日はほうちゃく草と鳴子ゆりを持参してくれた。さっそく
お店の中の花器に投げ入れる。春はこういったことも、よりいっそう絵になる。
うちの庭も、しゃが、白雪芥子、サツキに鳴子ゆりが咲いている。サツキは池の端でずっと
墨田にきてから楽しませてもらったけど、今年でおわかれだ。と思うといっそう華憐に見えるものだ。
人のこころって、ほんとうに不思議なものだ。来週あたりは「うらしま太郎」が楽しめそうだ。
釣り竿をだしているような姿なので、そう命名された。茶人好みの草。サツキに竿・・春がいく・・

能登の売茶翁に久保さんの絵志野の花器をもっていった。ちょうどそこの梅林の入り口のつばきが咲き乱れて
いたので、それを投げ入れてみた。絵は梅。梅茶翁に梅と椿の共演。そこの女主人の三輪福さんは
今週は福島で奉納舞に尽力している。

今日は「ゆるゆるヨガ」  かすみちゃんがやってくる日。先月はこのゆるゆるヨガの人たちと能登に
いってきた。旅は人生そのもの。「哲」の時間 能登時間。   日々是好日。

能登の桜

先月の21日、能登町に「梅茶翁」が正式にオープンした。
瑞穂という里山にあり、週末だけカフェをスタートさせた。
今は梅の花が咲き、梅林ガールズたちとの再会を楽しみにしている、
そんな感じだ。6月の終わりから7月のはじめころ、「梅仕事」
をしたいと思っている。

「寒山拾得美術館」をつくっている志賀町も桜が満開で、山桜、お寺や学校のまわりのソメイヨシノや、
枝垂れ桜、仙人みたいな老木の桜も、能登の里山や、古色蒼然とした家家との佇まいが、絵画のような世界
で旅人を楽しませてくれる。「能登はやさしや 土までも」の本番季節でもある。

三輪福さんが「山菜を積んできた」との連絡を受け、さっそく「野趣満天のそば会」を梅茶翁で開催。
こしあぶら、うど、わさびな・・など山菜の王様たちを天ぷらにして、豪華な宴が始まる。
もちろんしめは「そば」である。土もやさしいけど、空気や風もやさしく、夜は庭がプラネタリウム。
人もおだやかで、やさしくなる・・・そんな風土が能登だ。

昨日は「そば切り仁」でみんなでそばを食べた。能登町の山間、黒川温泉のところに天領庄屋「中谷家」
というタイムスリップするような癒し場がある。冬は休業で昨日から「春のオープン」。東京から移住して30年、もうすぐ還暦
だという仁さんの蕎麦は、仁そのもの。やさしさと滋味たっぷりだ。家の中も天井や階段まで漆。蕎麦の器も輪島塗。贅沢な空間。
6月の「梅林ガールズ」たちと来る時は、みなでそばを手繰りにいこうと思う。

蕎麦を打っていると、全国各地に「そばもん」の友達が増えていく。それもまた楽しからずや。感謝。

月曜の朝は卵かけごはん

「ここから一週間が、始まる」という感じがする。ちゃん、とするには、一応流儀、というか習慣化されたものがある。
お米を炊く。最初に洗う水は、けっこうお米の味を
決めるので「ミネラルウォーター」以上のものを使いたい。
天真庵では、ブリタに「うめ星」を忍ばせているので、そこに
東京水を入れ、ろ過したうめ星水を使う。

「お米をどのくらい研ぐか」に、諸説あるけど、二回くらいゆすいで
水が半透明になったくらい程度で、いったんざるにあける。
そばを打つ準備をしたり、朝の勝手流体操をして、お米に水をはり、
蕎麦を打った後に炊き始める。夏と冬は水につけとく時間が違うけど、
あくまで適宜。原理原則とかにしばられすぎると、窮屈やし、楽しくないわね。

味噌汁の「実」も、冷蔵庫にあるもの、が原則。
トッピング、いうんか、最後に上にちょこんとのせるのは、「能登の海藻」
となることが多い。ぎばさ、あかもく、いわのり・・・バリエーションが多い。

卵は「八郷農場 暮らしの実験室」の平飼いの卵である場合が多し。

醤油は「かえし」 そばやの宝もの。

香のもの   うめ星を入れた糠床につけた旬のお野菜が多い。今日は「暮らし・・」の人参。

近い将来始まる「能登の朝ごはん」は、朝まずめに釣りをして、その時に釣れた魚が加わるだろう。
横文字の蘊蓄や、おおげさな説明はないけど、「素朴でゆたかな暮らし」がそこにはありそうだ。

明日から木曜日まで「能登休み」。小さな美術館は、みんな手作りだし、お金をかけず、手間だけかけて
やるので、しばらくは、こんなペースで、いったりきたり・・・・・・感謝。

麦茶の季節・・・

能登に「真脇遺跡」という縄文の遺跡がある。毎年のように金沢にいってたころ
必ず立ち寄った場所。縄文人が5000年も定住していた世界にも類のない場所。
彼らは山に藤の花が咲くと、「そろそろイルカがやってくる」という花時計をもっていた。
山が紅葉するころ麦の種をまく・・・とか、季節の移り変わりを花や木々のうつろいで把握
していた。今の人よりエライよね。

天真庵の「かご」には、いろいろな「元気・健康食品」が並んでいる。
黒豆茶・はだか麦茶・もち麦・麻米飴・・・
黒豆茶とはだか麦をつくってくださっているのが愛媛のMさん。
ときどきふらっと蕎麦を手繰りにこられる。寒山拾得の画家・南條先生も愛媛で
どくとくの伊予弁でとつとつと話しをされる「能登の畑はどないな広さや。塩風の
ふく畑は栄養があってええぞながもし・・・」
こちらも南條先生仕込みの伊予弁で「ほやぜ。梅なんか若い女性の肌とツイで、やわかいんよ」
ってな感じ。

麦茶の季節は「夏」になってしまったけど、本来は暑気払いに「麦湯」を飲んでいたぞなもし。
冷蔵庫ができて、みんな冷やして飲むようになった。しかもTバック(下着じゃないぞなもし)
がでてきて、水道の水を入れて冷蔵庫に入れるようになり、どうでもいいげなお茶になりさがっとんよ。

mさんのはだか麦茶は、ほんものの卵の黄身の色がうすいとついで、あまり色はでないけど、風味は
滋味たっぷりで、飲むと元気になる感が違う。しかも出し殻も、サラダに入れたりすると、隠せない隠し味になるぞなもし。

土を耕している人の話を聞くと、縄文時代からこの国で生きてきた「知恵」みたいなもんを、よけい教えて
もらえて、いいんよ。

今日は日曜日なので16時閉店。

明日の朝は「卵かけごはん」
火曜日・水曜日・木曜日は「能登休み」  畑を耕しにいくぞなもし。