感動したり 絶句したり・・

昨日は「順受の会」
フルメンバーと新人が集まり、カウンターまでつかった。
四半世紀も続いている。「ホンモノ」やと思う。

終わって、片づけをして、東京を出発したのが11時をまわっていた。
今回は、栗園の手伝い、梅仕事があるので、眠いけど頑張って車を走らせた。
横川あたりで仮眠をして、「ころ柿の里」という道の駅にお昼ころ到着。
昨年、能登の家の持ち主と待ち合わせをした場所でもあり、筆子さんのおばあちゃんの
ふるさとの近くでもある。きっと、無駄のない縁で繋がっていたに違いない。

道の駅にある「温泉」につかり、おばあちゃんの戸籍をナビに入れ、出発。
「世界一長いベンチ」というのが、きれいな海の海岸にある。そのあたりで
ナビが「目的地に到着しました」と告げる。
おばあちゃんの旧姓の家はなかったけど、ちゃんとルーツの土地にたどり着いた。
父母と天地と海と里山・・・人は生まれた瞬間に、必要なものはみな神様に与えられている。
なんの不足もない・・そんなメッセージが聞こえてきた。

そこから能登の家まで車で10分くらい。
車を止め、畑に・・・・
車庫の裏の畑には、大豆を植えた。20年くらい休耕だった土地を一年かけて
開墾し、先月大豆を植えた。
ここの土地は里山と隣接していて、環境がいいのと、まつきよさんにもらった「土壌活性剤」
を入れたせいか、大豆も生育しているけど、まわりの雑草もジャングル状態。

明後日は「松尾栗園」の雑草とりのボランティア。でもその前に明日は我が畑の雑草取りだ。
おそるおそる、家に隣接した畑にいってみた。先月そこに「辛味大根」を植えた。
なんと大根の花にモンシロチョウが踊るように戯れ、花の下には、小さな辛味大根が
いっぱいできていた。思わず大根の花を手でもぎ、玄関の花器に投げ入れた。

「夏休みに能登にいきたい」とおっしゃっていただく人たちに不義理をしている。
「まだこんでいい」とか「自分たちで計画をたて、お昼にくる・・とかいうのならなんとか」
みたいな返事しかできないのが正直なところだ。
畑の仕事、梅や栗の仕事、家の片づけ・・・完全な移住でも3年くらいかかるらしい。ぼくらは
東京で仕事をしながら能登で10日暮らしている。まだまだよそ者であり、百姓や田舎暮らしの初心者でもある。
「能登で暮らしている」と言えるまでまだまだ時間がかかりそうだ。

悲喜こもごもの「能登と東京の二股暮らし」
終末は「梅林ガールズ」たちがやってくる。彼女たちは「家族」のようなものだから、
片づけを手伝ってもらったり、梅仕事をいっしょにしたりしながら「能登で暮らす」の
神髄をいっしょに追求しようと思っている。

羽咋(はくい)はUFOの町 明日から能登休み

「羽咋」の語源は、昔人食い鷲を退治した犬に由来する。その犬が鷲の「羽を喰った」。
今はUFOと自然農が村おこしの真ん中にある。
今日、論語の会が終わったら、能登に梅仕事に出発。
東京は朝から☔。

うちの筆子さんのおかあさんが「いずれいく道」で、すこし体が弱ってきたので、
毎週一日実家にいき、家の掃除やなんかを手伝うようになった。
実の「母と娘」というのは、男には想像つかぬほど、「似ているがゆえ?」の葛藤が
あるみたい。「嫁と姑」とは、また違った軋轢があるみたいだ。男子としては、
実家の「母と妹」と同じく、岡目八目か傍観者になるしかない、立ち位置のなさを感じる。

でも片づけをしていくと、いろいろ物心ともに「気づき」もあるみたい。
血がつながってる親子というのも、お互いに「知らなかった」ことが多い、らしい。

筆子さんの父方のおばあちゃんは、自身の100歳の誕生日にお葬式をした。都知事から表彰状がきた。
ぼくが遊びにいくと、積極的にお酌をしてくれて、本人も少し飲んだ。
生まれが能登で、「能登から新橋まで、まる二日かけて東京にきた」話(昭和のはじめ)をし、
〆に「岸壁の母」をうたうのがならわしだった。完璧な母ではなかったが、気骨ある女性だった。

昨年から「能登と東京の二股暮らし」を始めた。おばあちゃんもその息子のおとうさんも鬼籍に入られ
ので、「おばあちゃんの生まれたのは能登のどこ?」というのがナゾだった。「輪島」「七尾」
というのが、有力だった。

先週実家の整理をしていたら、仏壇から「戸籍」がでてきて、そこに「羽咋郡富来町・・」
という手書きのを見て、筆子さんは鳥肌がたった。富来(とき)というのは、最近の市町村の合併により、
「志賀(しか)」になった。つまり、能登の家の旧住所の町名なのだ。
その瞬間に「おばあちゃん」が寒山拾得美術館の名誉館長になった。

これから「卵かけごはん」
夜は「順受の会」

7月は素敵なライブがみっつ。

5日(土) クラシック初コンサート

演奏:渡邉千春(ヴィオラ)・山崎早登美(ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

15日(月・祭) 大石 学 ソロ LIVE

演奏:大石 学(ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥5,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

27日(土) もにじん花火大会 らいぶ

演奏:じんじん(ギター)・マツモニカ(ハーモニカ)

17時開場 17時半開演  ドレスコード:ゆかた・甚平 ¥3,000(蕎麦・珈琲 付き)

文花会館に絵が・・

天真庵のある通りは「十間橋通り」という。地名は「文花」 文人の花が咲きそうなところ?
みんなは「じゅっけんばし」というけど、正確には「じっけんばし」。
江戸っ子が「ひ」と「し」の区別ができないのと同じように、
大半の発音に押されて、そのまま「じゅっけんばし」というのが普通になった。

バス停をひとついくと、バス亭の前に古色蒼然とした建物がある。元はそばや。
そこを、うちを改装したNくんが改装して、「文花会館」というシャアハウスを5年くらい前
につくり、芸大の女性たちが住んでいた。
その後は子供の塾などをやっているようだったが、先週新しいアーティスト(やはり芸大出身)たちのアトリエとして
再スタートするお披露目会をした。バス亭のまんまえなので、♪バスを待つ間に・・絵を見る人の姿が多くなった。

昨日はその新人くんふたりを含め仲間6人が蕎麦を手繰りにこられた。
お勘定をする段階になって「財布もってこなかった」という人がふたりいて、その人らのお勘定を
かわりに残りの人が払っていた。まさに「キャッシュレス」の時代が進むと、そんな現象が増えて
くるのだろう。

ぼくらの学生時代は、みんな毎日が財布にお金が入っていなかった。キャッシュレスのさきがけ?
でも喫茶店やいっぱい飲み屋にいきたくなると、仲間を誘っていった。「お金もっとうや?」とかお互いに
確認してから。予定より酒を飲みすぎて勘定が足らなくなると、行きつけのおでんやなどでは「おいといてくれはる?」
と使いなれない京都弁をつかい、「つけ」にしてもらった。
御所の近所の荒神口に「安兵衛」というおでんやがあった。そこには学校よりまんじめに通ったので、「つけ」もきいた。

明後日から能登。今回は松尾栗園で、雑草狩りの仕事を手伝う。お金のやりとりはなし。
そのこわり、「昼ごはん」をごちそうになる。
今、各地の農園体験や田舎暮らし体験に、そのような制度が浸透してきた。
「ウーフ」WWOOFという。WWOOFとは金銭の出し入れなしで「労働力」と「食事・ときにはベッド」とを交換する仕組み。
モノとモノを交換する「原始的ぶつぶつ交換」を少し発展させた形態。これからきっと「あたりまえの日本語」になると思う。

今日は日曜日なので16時閉店。それからさっちゃんの引っ越しのお手伝いにいく。
明日の朝は「卵かけごはん」 夜は「順受の会」(四半世紀続く 論語の会)

茶色の小びん

先日、熊本から大先輩が蕎麦を手繰りにこられた。
天真庵のHPのリンク集に「一般財団法人 たまな創生館」というのがある。
そこの館長さん。名前は一度聞くと一生わすれないような名前。
「まつもときよし」と彼の名前は生まれた時からCIがきまっているようなものだ。

時間がある時、HPの中をのぞいてほしい。先輩は、ぼくが主催していた勉強会に
長いこと参加されたり、天真庵では「お茶」と「お花」を習いにこられていた。
趣味は陶芸とジャズである。館内にあるカフェの名前がいい。「茶色の小びん」
ジャズのスタンダードナンバー。
よく銀座のライブハウスにジャズを聴きにつれて行ってもらった、ことも懐かしい。

手土産に玉名で「自然農」をやっている農家さんの野菜をもってきてくれた。
人参には「葉っぱをほして、フライパンで炒って、お湯をさし、お茶として飲んでください」
とあった。ルッコラは「トマトとの相性がばつぐんです」と記してある。
色のない茄子には「交配していない原種です。トゲに気を付けて」と書いてある。

昨日の「ダメ中」に、サラダなどにしてだした。どれも素材そのものの「野生」
がつよく、まさに「野の菜」である。

日本の食べ物の自給率が問題にされて久しい。東京では工場で生産されたような虫
も喰わないような野性味のない「野菜もどき」が並んでいる。
「日本の野菜は安全」だと思っている人が多いが、農薬を使う量は、中国を抜いて
世界一。遺伝子組み換えについては論外なほど、日常茶飯になっている。
「土を耕さず、農薬も肥料もあたえない」をモットーにする「自然農」
は、言葉でいうほど生易しいものではない。木村さんの「奇跡のリンゴ」
を読むとわかる。でも「日本人を残す」ためには、「自然農」が必須条件のような気がする。

来週は能登に梅仕事にいく。梅茶翁の「梅」は、自然のまんまだ。
梅の仕事の前々日あたりに、輪島の「松尾栗園」の雑草取りのお手伝いにいくことにもなった。
うちの畑に、「無手勝手流の自然農法」で植えた「辛味大根」や「九条ネギ」の生育も楽しみだ。

明日の朝日を浴びる すると開運になる 

明日は「夏至」
縄文人たちも、特別な日であることを知っていたようで、朝日を浴びて、お祈りをしていたらしい。
日本人の宗教観は縄文人の影響をそのまま受け継いでいるようだ。
各地の神社なども、夏至の朝は禊をしたり、祝詞をあげたり、自然の神様に感謝する日のようだ。
明日の日の出は5時前だけど、今年の夏至は、いつもよりも大切な日になりそうだ。

水曜日は「おんなかっぽれ」だった。元気な女子たちが遠くから集まってきて、かっぽれを
踊る。夏も冬も浴衣いっちょで、けつをしょしょっとめくって帯に挟んで踊る。
なかなかイナセなスタイルだ。汗をたっぷりかいた後に、蕎麦会になる。
踊りは二階でやっていて、ぼくは典座(てんぞ)のように、厨房の中でそば会の準備。
「おとこかっぽれ」の日は、自分も踊るので、踊りてと典座と二役をこなす。

酔うと、こんな風な会話・・・
ぼく「将来は、能登の家をおんな専用の「お世話しあうハウス」にするのでよろしく」
女子「ええ、いいな。私も住みたい。」
ぼく「飲み会はいいけど、同じ屋根の下に住むと、問題がおきる可能性がゼロ(ぼくの体力気力しだいだが)
ではないので、ぼくは施設にいく」
女子「近くに施設はあるのですか?」
ぼく「ない。金沢の花街の近くの施設にいく。車椅子になっても飲みにいけるし・・」
こんな他愛のない話で盛り上がる。

「女子はみな巫女さん。」年に二回ライブをやってくれる「なるちゃん」の言葉。
また「女子はみな女優」のようなもの、と思ったりする。
ぼくの将来の「花街近くの施設」に入れるかどうかも、女子しだいなので、大事にしなくては。。

今日は「ダメから始める中国語」。この会も「おんなかっぽれ」と同じく、
ぼく以外はみな女子だ。勉強中は同じく「男子厨房の中」状態で、準備ができたら
カウンターで酒を片手に本読みながら、という至福の時間でもある。
蕎麦会が始まると、女子会のテンションになるので、逆セクハラに負けないよう、気をはって
片隅の椅子に座って参加させてもらっている。

夏至が終わると、夏に至る。来月27日は「隅田川花火大会」もある。
梅仕事があって、今年も見れないけど、7月は能登の各地で「お祭り」がある。

7月のライブ

5日(土) クラシック初コンサート

演奏:渡邉千春(ヴィオラ)・山崎早登美(ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

15日(月・祭) 大石 学 ソロ LIVE

演奏:大石 学(ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥5,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

27日(土) もにじん花火大会 らいぶ

演奏:じんじん(ギター)・マツモニカ(ハーモニカ)

17時開場 17時半開演  ドレスコード:ゆかた・甚平 ¥3,000(蕎麦・珈琲 付き)

疲れは疲れでとる

アラ療法でも、心霊療法でもない・・

いよいよ梅林ガールズたちと、能登の梅仕事が始まる。
梅雨に入って、梅も元気に果実をふくらませているようだ。
梅林のある梅茶翁の三輪福さんも先日ヨーロッパ公演から帰国し、
能登でスタンバっている様子。今回は間があいたので、「ほっと」する。

梅の仕事に限らず、田舎で畑を耕したり、魚や海藻をとったり・・・
自然によりそいながら暮らしていると、体全体を動かすことが多く、「疲れる」。
でも「いい疲れ」。都会の「疲れる」は、デジタル仕事や微妙な人間関係や雑多な「すりあわせ」など、
よけいなことがあるので、肉体というより精神的な疲れのほうが多い気がする。
肉体的な疲れは、食欲を増進させ眠りを深くし、翌朝にはすかっとする。
つまり「疲れを疲れでとる」という感覚。都会での疲れは、なかなか容易にはとれない。

とある詩人が田舎暮らしをして、「とんぼ」の飛び方が都会と田舎は違うことを感じたことを言っていた。
「都会のとんぼは、羽をばたばたさせながら飛んでいるけど、ほとんどが一匹で飛んでいる。
田舎の方のとんぼは、ほとんど羽を動かさず、風にのりながら、ほとんどがつがい(男女)で元気に飛んでいる」

人間ととんぼを置き換えても、同じようなことがいえそうだ。長渕剛もそんなこと感じながら「とんぼ」を
つくったか?♪・・・死にたいくらいにあこがれた大都会東京・・・・ 
「一匹のとんぼ」の話やね。

今日は「書をしようかい」

明日は「おんなかっぽれ」

7月は素敵なコンサートがみっつ。

5日(土) クラシック初コンサート

演奏:渡邉千春(ヴィオラ)・山崎早登美(ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

15日(月・祭) 大石 学 ソロ LIVE

演奏:大石 学(ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥5,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

27日(土) もにじん花火大会 らいぶ

演奏:じんじん(ギター)・マツモニカ(ハーモニカ)

17時開場 17時半開演  ドレスコード:ゆかた・甚平 ¥3,000(蕎麦・珈琲 付き)

いやよいやよも好きのうち

徳島に祖谷(いや)という村がある。
「かずら橋」のある平家落人伝説のあるとこ。
九州にも椎葉村など平家落人伝説のあるところがいくつかある。
かずら橋は、蔓でつくった橋で、追手(おって)がくると鉈(なた)で切って
橋を落とす、というリスクヘッジが施されてあった。

平家落人の村には、必ずといっていいほど「蕎麦」の文化が残っている。
九州も四国も「うどん」の文化圏だけど、とても不思議。
いつか祖谷にいき温泉宿で「蕎麦の実雑炊」がでてきた。そのうまさが五臓六腑に
染みわたり、天真庵ではライブの時、前菜で必ずだすようにしている。
そこには「もち麦」も入れている。

先月四国の仲良し農家さんにお邪魔した時、「もち麦のはったいこ」を見つけ、毎日
いろいろ料理を試作し、楽しんでいる。
その時にMさんが「祖谷の落人は、そばだけでなく、そばが不作な場合にそなえ、もち麦を育てていた」
という話を聞いた。たまたまだけど、うちの「そばの実雑炊」は平家の落としだね?なんてね」

月曜日の朝は「卵かけごはん」
この日は、朝飯前に「がれっと」をつくる。
@「蕎麦粉に水を入れ、泡だて器でしゃかしゃかまぜて、フライパンで焼き、そこにとろけるチーズと
のりをのせる」それだけ。メニューにもある「ガレット」
最近はそこに「はったいこ」も混ぜてつくる。もち麦のこうばしさがプラスされ、より一層体にもいい。
朝繊維質を採る、というのは万病の予防になるらしい。

NHKスペシャルで放映されて話題になったらしいが、「乳酸菌」万能だという伝説にクエッション?
だそうだ。「いまさら」という気がするけど、乳酸菌が腸内細菌にいい、というのは、テレビのCMに洗脳
されているだけ。また医学会とか薬学会などが、大手の乳酸菌メーカーに献金されているので、これまで
公表されなかっただけの話。
なにごとも「自分の体を通していろいろ試してみる」というのが大事。
つい最近、「老いない酵素」が発見されたらしい。これからサプリなんかにばけて、CMにでてくると
思うけど、要注意。だいたい老いていくのが自然。

明日は「書の会」
明後日が「おんなかっぽれ」

恵の雨男

東京は一日☔だった。♪ああああ ながさき も東京も 今日も☔だった。

昨日は仲内拓磨くんがギターのライブをやってくれた。天真庵デビュー。
近くに住むKYOKOさん、が彼のマネジャー兼ときどきボーカルといった関係で、
昨日もセッティングから、お客さんの接客しながら歌を歌い、という大活躍。
彼はどうも雨男らしい。あまりいいイメージがないけど、かんむりに「恵み」
をつけると「恵の雨男」 まったくイメージがかわる。

よく人は「は~」とため息をつく。それを見たひとは「ああ、何かつらいことがあったのかしら」なんて想像する。
でもその人がため息の後で、「あ~しあわせ」とつぶやいたら、まったく違う世界になる。
温泉に入って、生きてるか死んでいるのか、現象世界か実相世界なのかわからないような「極限のやすらぎ」
にその人いる。表裏一体、紙一重の中に、ぼくたちは生きている。
量子学とかいう難しい学問は、よくわからないけど、「シュレディンガーの猫」の話などを
聞くと、「なるほど」と合点がいったり。

量子学の常識に、「見る側と見られる側は、いったいである」というのがある。
ひとは掛け軸を見ている。でもその掛け軸を描いた人も、こちらを見ている。
一物一体というのも、そのような範疇のもんやろか?

仲内くんはよく路上ライブをやっている。駅から降りてきたひとたちは「あんなことやって食えるの?」
みたいな顔で通りすぎていく。でもギタリストは、反対にそんな疲れ切ったサラリーマンを元気にしようと思って
「家の灯り」みらいな曲を作曲して路上でギターをつま弾いている。これも量子論。

彼の生まれは千葉の銚子の近く。ときどき港町でも路上ライブをやるそうだ。
漁がおわり陸へあがった男たちがカンビール片手に集まってきてくれるらしい。
そのひとりの男がいると、トリガーになって人がどんどん集まってくるらしい。
人もお金もさみしがりやだ。これは「漁師論」か?

仲内拓磨くんは12月にも天真庵でやってくれることになった。ペレットストーブ
のあたたかい火を囲みながらギター。
ぼくは火のあかりと彼女を見ている。彼女もきっとぼくを見ている・・・これは「恋愛論」の世界?

今日は日曜日なので16時。それから「蕎麦打ち教室」
明日の朝は「卵かけごはん」

今日はライブがあるので、16時閉店

今日は朝から☔だ。
能登も梅雨入りしたみたいなので、梅茶翁の梅も大きく育っているらしい。昨日しんごちゃんから
そんなメールがきた。
能登の家の畑に植えた、ネギや辛味大根もきっと成長しているに違いない。
農薬や化学肥料も与えない、どころか、こちらが東京にいる時は、水も☔次第・・・
ほんとうに「自然農法」に近い、というか「ほったらかし農法」だ。「うめ星」
は使うので「うめ星農法?」👽が見守ってくれてる?

でも畑は、森につながっている場所なので、小動物や虫たちの行き来が盛ん。
ときどきは🐗が畑を耕してくれたりする。
森のほうは、ほったらかしにしていても、栗や柿が秋にはたわわに実をつける。
動物たちの排泄物や木の葉が落ちて土にもどったり、その過程でいろいろな細菌が
「楽園の環境」をつくっているのだろう。

本来、人間の腸の中の最近も、
森の中と同じように、「自然とともに」だった。「便利な暮らし」になって、
どの町にいっても近くにコンビニやスーパーができて、「腐らないおにぎり」や
「何か月もかわらないパン」「色あせないお茶」などが幅をきかせている。そんなものを口から入れると
「腸の中はどうなるか?」・・・小学生でもわかるような問題、が、問題になっていない現実。

腸美人は超美人・・・・天地自然の理。

今日はライブがあるので16時閉店。

昨日もギタリストが蕎麦を手繰りにこられ、近々日程を調整してライブをやるはこびになりそうだ。

能登や田舎のほうにいってみると、若くて都会から移住してきたひとたちとふれあう機会が多くなってきた。
ひと昔前の若者みたいに「成功してでかい家に住んで、ベンツにのって・・・」みたいな気負いがない。
「人間らしく生きたい」「ほんとうの自分をみつけたい」「自然に寄り添いながら子育てをしたい」
・・・・ほんとうの「ゆたかさ」が何かを、知っている人たちが増えてきたように思う。
都会と田舎では、時間の長さ、お金の価値などが、比較にならないほど違う。
どちらに生きていても、「時間がない」「お金がない」と口癖のようにいってる人には、「楽園」
は永遠にこない。今まわりにあるものは、「こうしよう」と思った過去の「思い」を目の当たりにしてるだけなのだ。

家出した猫(女?)がかえってくる 不思議な神社

昨日は、自分でお店の棚の位置を変えた。
ショールームの後ろに棚をつくり、「能登の焼き栗棒」とか「もち麦」とか「黒豆茶」とか「はったいこ」
とか「煎茶」や「うめ星」とかの販売スペースにしていた。「産直」みたいなフンイキも醸し出して、
気にいっていた。でも、そこに設置すると、ショールームの中の展示が変わられないのだ。
ショールームの中は、「そば上人」さんが鎮座していて、その後ろの絵をときどき帰る。

「大丈夫 絶対死ぬまで 生きられる」という生井さんの絵を飾った時は、おぼつかぬ足で散歩
している老婆たちも立ち止まり、「そうだそうだ」とうなずいたり、「きゃっ きゃっ」と女学生
のように笑ったりしていた。今は、墨絵で鉄瓶を描いた絵を飾ってある。

そしてショールームの中をあれこれ、かえていたら、「Mくん」が自転車で通りかかった。
「あ~ら 能登じゃなかったの」と、いつものようにおかま言葉で挨拶。
手にはボロボロな表装の掛け軸。「?」という顔していたら、「先日昼ごはんをごちそうになったお礼
よ」とのこと。開くと「寒山拾得」の拓本。中国の蘇州の「寒山寺」にいくと売っているやつ。
「寒山も拾得もボロをまとっているけど、表装もボロボロとは、なかなかフンイキがいいね」
というと「わかってくれてありがとう」といって、珈琲飲みながら談論風発。
さすが「麻布高校の茶道部をつくったM」 茶の話題になると、なかなかするどい意見をもっている。
次の時代は、彼(彼女?)のような人が活躍するに違いない。

夕方は木工のAくんが、二階の窓の修理にきてくれた。
さすがに、しろうとには苦戦する仕事だったけど、わずか30分くらいで、快適な窓
になった。お礼に「はったいこがれっと」などをつまみにワインを飲む。
「ペレットストーブ」が気になるらしく、ストーブをさわりながらワインを・・・
冬はきっと、このまわりで酒を飲んだり、煎茶を入れたりすると楽しいに違いない。
今日あたり、星野村から新茶が届く。

Aくんの飼っていた猫が家出した。立川に通称(山下洋輔さんが命名?)「猫返し神社」
というのがあるらしい。そこにお参りにいったら一週間ぶりにネコちゃんがかえってきた、という話。
立川市砂川町にある「阿豆佐味天神社」。「猫のようなおんなが家をでていった場合にもご利益あるのかね?」
と聞くと「さあ・・・」と困った顔してた。
立川の砂川、と聞くと、大学で勉強した「立川事件」を思い出す。ぼくが生まれた昭和31年ころ、アメリカ軍立川基地の拡張をめぐって 、地元砂川町の住民や学生らと、警官隊との衝突でおきた流血事件のこと。そのころの日本人は気骨があった。今はあべちゃんを含め、トランプ
にババ抜き状態で隷属状態だ。なさけない。

明日はライブがあるので、16時まで。すでに満席ごめん状態だけど・・
込み合って、新しい棚にぶつからないように願う。ぶつかると「棚から焼き栗?」になる。
東南アジアあたりの骨董屋は、わざと棚からものが落ちて、「それ高いよ 弁償して」
というようなところが今でもいっぱいあるようだ。それは「逆牡丹餅」になる。くわばらくわばら・・

15日(土)仲内拓磨ギターライブ

演奏:仲内拓磨(ギター) ゲスト=Kyouko(ヴォーカル)

19時開場 19時半開演 ¥3,500(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)