♪梅が咲いた 梅が咲いた まっかな梅が

バラが咲いた、の替え歌?
昨日、いつものように近くの香取神社に散歩にいったら、神主さんや地元のお歴々?
みたいな人が集まっていた。この界隈は「梅園」として江戸時代は名所だったところ。
昨日は「梅まつり?」 そんな感じだった。

昨日は開店早々からお祭りのように人がいっぱいきてくれて、2時過ぎに蕎麦が売り切れた。
味噌作りの準備などがあり追い打ちはせず、そのまま鍋の中は、「政治家状態」(ゆーだけ)。
昨日は5人味噌作りにきた。

二階では「普茶料理の会」
4人で畳の上のテーブルを囲み、大皿にのった蕎麦豆腐、そば寿司などを、分けて食べる。
隠元和尚が伝えた料理なので、中華料理のような風情がある。ただし、基本的に魚や肉はださない。
だから、昔から「もどき料理」といって、うなぎのかば焼き風なものを、豆腐や山芋をつかってつくったり、
かまぼこや卵も「もどき」を工夫しながらつくった。宇治の黄檗山や京都では、普茶料理のお店がある。
昨日は北海道と沖縄の人が飛行機にのって普茶料理の会に参加された。
東京は梅も咲く小春日和だったけど、沖縄は24度あったらしく、その人はホッカイロをしても寒い
といっていた。ホッカイドウの人は、夏みたいといってコートをぬいでおいでになった。
日本列島も広い。

今日は日曜日なので、16時閉店。味噌作りは夜まである。
夜二階では「気骨のすし会」  今年五回目。今日は平均年齢が30歳くらいで、
ファッション業界で大活躍しているアーティスト6名のすし会。
どの世界でもそうだけど、「芸術」というものの根本のところに「食」がある。
ただ専門分野を浅くやっているような人は、一流にはなれない。
朝から久保さんの器などを選びながら、準備に忙しい。
精進料理をやったり、すしをやったり、着せ替え人形みたいに変化しておもしろい。感謝。

明日の朝は「卵かけごはん」

アンヂェラスのケーキ

バレンタインの日、かいらしいお弟子さまが、「チョコレートかわりの義理ロールケーキ」といって
アンヂェラスのケーキをもってきてくれた。浅草の仲見世で働いている子で、こないだは「天真庵」と書いた
千寿札風シールもいただき、自家製の柚子胡椒に貼っている。

70年以上も続く浅草のカフェで、芸者や芸人や江戸っ子が「モボ」とか「モガ」とか
呼び合っている時代から流行った老舗。突然来月に閉店するので、朝から行列で、ロールケーキ
が品薄状態らしい。
この店の名物に「ダッチ珈琲」がある。水出し珈琲のこと。それに自家製の梅酒を入れて飲む。
奇妙キテレツな組み合わせだけど、70年以上愛されたドリンクだ。閉店後に天真庵の新メニューにしようか?
実はときどき、うちの水出し珈琲に自家製の梅酒を入れて飲んだりする。いい塩梅だ。

浅草に江戸時代から続く銭湯で「蛇骨湯」(じゃこつゆ)というのもある。ここも今年緞帳を下げる。
知ってのとおり、浅草は朝から外国人でにぎわっていて、ホテルなど再開発がすすんでいる。
観光立国として生きていくことは大事なことやけど、その陰で大事なもんが失われていく。
京都や金沢なんかもしかり。経済は「お金」が最優先だけど、お金で買えない価値あるものが、
どんどんなくなっていく。

今日明日は味噌作りのピーク。
今日は二階で「普茶料理の会」  二月は「すし会」と「そば会」が目白押上。感謝。

晴れたり曇ったり

そんな名前の居酒屋が博多にあった。今もあるかもしれないけど・・
ここんところ、春の陽気のような天気だったり、真冬の寒さだったりするので、
そんなことをふと思い出した。博多のIT企業と提携していた時代のことなので
もう30年以上前の話。確かビールを頼むと、尿瓶(しびん)に入ってきた。
少し行き過ぎの感もあったけど、時代的に「あそび」や「ゆとり」があった時代。今は昔だ。

合羽橋あたりの包丁やにいくと、外国人であふれている。「サントク」を所望する人が
いろいろな国からやってくる。文化包丁ともいうけど、刺身、野菜、肉どれでもOKという三徳包丁。
銀座の骨董屋あたりにいくと、少し品のいい中国人たちが、魯山人なんかを探している光景をよく見る。
彼らはお抹茶の道具にはあまり興味をしめさないけど、煎茶道具、しかも「渡り」といって、中国から
日本に渡ってきた道具には目がない。「ふるさとにもどしたい」というのと、「自分のものにしたい」
という気持ちが重なる。黄檗三筆の「隠元」「木庵」「即非」なんの軸は、高級車が買えるくらいの値段で
買われていくようだ。

また日本のものでも「鉄斎」の書なんか人気が高いみたい。また最近は「ニンアミありませんか?」
という外人さんが増えているらしい。京焼の「高橋道八」 初代は、売茶翁、池大雅とも交流があり、
二代目は仁阿弥道八と名乗り、京焼の染付磁器を大成させた。
そのあたりのことを、中国人が興味を持ち始めた。少しバブルははじけそうになってきたけど、
日本人よりも高尚な趣味を持った「文人」みたいなんが、いっぱいいる。

今日は「お仕覆」の日。今年は新人がふたり入門。
こないだ茶道具を整理していたら、「直入先生画道八茶碗」という箱がでてきた。
田能村竹田の弟子の「直入」が、「道八」の茶碗に絵を描いたものだ。
5個の茶碗のひとつひとつにお仕覆が施されている。時代ものなので、それがぼろぼろ
になっているので、今年はこれをやってもらおうと思う。
時代は忙しくなってきたが、朝茶を一服。そんな幸せな一刻はわすれたくないものだ。生きている価値がなくなる。日々是好日。

かっぽれと味噌つくり

味噌作りが佳境になり、ようやく今日あたりで折り返し地点か?
今日はお店はお休みだけど、午前中からふたりのお母さんが作りにきている。
普段は、チャイルドシートをつけたチャリンコは少ないけど、この季節は
半分近くがそれだ。近くの幼稚園や保育園のママ友のネットワークのたまもの。

年に一度だけ、他府県の人やIT時代の人たちも味噌作りにこられる。
ITの人たちは年も近く、そろそろ現役を引退して、終の棲家を東京ではなく田舎に、とか、
夫婦関係を清算したり、断捨離によって身軽に新しい人生を、とか、いろいろな選択肢の中
から、最後の道を選んで歩きだす、そんな季節でもある。
いろいろな人生があるけど、それぞれに「役割」とか「メインテーマ」があるんやな、
というのがわかり、人生の妙な味わいやら悲喜こもごもな人生を垣間見させてもらう。

「ぶらり能登」という能登の雑誌が100冊きたので、味噌つくりの人たちで興味がある人
に渡している。地方に移り住む、という選択をする若い人たちが増えているみたい。
「何を、なりわいにして暮らすか」というのが、都会のみならず、田舎暮らしでも、筆頭に
くる問題だ。でも「何」にこだわらず、「そこで生きる」と決めると、どこでもなんとか生きて
いけるのではなかろうか?

ある日会社にいくと、自分の会社が倒産していた。そんな目にあった人は、昨日今日明日が連続しない、
現実に直面する。でもそこから、なんとか独立したり、他の道を選んだりして、なんとか生きていけるように、
今働いている場所を変えても、なんとかなるのが人生のような気がする。

味噌つくりも、今日みたくママ友の日があれば、音楽家の日もあり、ファッション関係の日(午後はそうか)もある。
いろいろな仕事をしている人たちが、大きな都会の鍋のような中で、おでんのたねのように交じり合って、
おいしい味を醸し出しているのが、この「東京おでん」の街か?そんなことを思ったり・・・

今日は「おとこかっぽれ」   寒いし、おでんでもしこもうか。
明日は「ダメ中」  ダメから始める中国語・・・・ちゅうか 明日は中華料理を作りながら中国語を勉強。
なんやら、とかいう麺をやるらしい。まいこ先生は名古屋から、そのねえちゃんは岐阜から味噌を作りにやってくる。

まぐろフェス

昨日の朝は卵かけごはんだった。
スカイツリーの麓に「ライフ」がある。わさびを買いにいく。
あまりいいのがなかったので、「柚子胡椒」で代用。
お店にもどると、カウンターの上にまぐろが到着していた。

さっちゃん、きっと歌のように「さちこ」というんだろう、が
カウンターに鎮座していた。先日、「起きれたら卵かけごはんにきて、そのあと、
マグロの解体ショーを見たい」と約束していた。まかないの「卵かけごはん」をささっと食べ、
まぐろを解体。今年の正月に初セリで3億円がついたまぐろには及ばないが、酒類は同じ「クロ」こと
クロマグロである。

「まぐろ」といっても、大きく分けて、
クロマグロ、ミナミマグロ、メバチマグロ、キハダマグロ、ビンチョウマグロ・・・の五種類が
ある。やはり「クロ」が王様だ。今は世界中から飛行機にのったまぐろが冷凍にされ、日本に
飛んでくる。冷凍技術も飛行機もない時代は、あちこちであがる「まぐろ」を寿司ネタにするので、
「ズケ」などにして工夫しながら食べた。やはり1月2月の「クロマグロ」は最高峰だったらしい。
「旬」というのはいいね。

胃袋に食べたばかりの「いわし」が30尾くらい入っていた。これも、醤油と酒で煮込む。
胃袋を湯通しして、柚子胡椒をつくった時の果汁入りの「ポン酢」で夜食べた。
心臓は、塩焼きにし、胆は柚子胡椒とかえしを少し入れてフライパンで焼く。
まったく「捨てる」ところがない。あらも、あま醤油に酒をたっぷり入れ、寸胴で炊く。
長いつきあいの「むーつん」が、筆子さんの誕生日祝いに「李白」をもってきてくれた。
魚料理にピッタリで、みんなの顔が幸せ色に染まっていった。感謝。

♪雪の降る日は楽しいペチカ・・・

東京も早朝に雪が降っていた。雪の日はペチカが懐かしい。能登の梅茶翁で制作中。
今日は2月11日。建国記念日。
昔は「紀元節」といった。古事記や日本書紀で日本の初代天皇とされる神武天皇の即位日を祝った。
「軍国」のニュアンスが強いので「建国記念日」になったらしい。

能登の志賀町では今日「大漁起舟祭」がある。寒山拾得美術館から近い「富来漁港」で開催される。
「富が来る」という縁起のいい名前の漁港。「とぎ」と発音する。

昨日、能登の漁師さんから「10k強のまぐろがとれた。どうする?」とショートメール。
すぐに「おくってちょうだい。ただし3億円はないよ」とおくった。しばらくして「明日東京にとどく」
とのこと。さっそく「気骨のすし会」のメンバーに連絡。
2月のはじめに「寒ブリ」が届き、すし会をやったばかりだが、4人の女子から「参加」の返事。
というわけで、本日は「能登の大漁起舟祭」のおながれのようなフェスタをやることになった。
今年になって、二階の「普茶料理の会」も増えたけど、「気骨のすし会」も増えた。
ますます「なにや?」かわからなくなってきた。でもほんとうに、能登の魚はうまい。

これから「卵かけごはん」

マイナス30度って・・・

北海道でマイナス30度・・・・想像を超えた寒さ。
今朝おきたら、部屋の温度が8度だった。ホホバオイルは10度
を下がると凍る。ひさしぶりに、厨房の中で包丁にぬるホホバが凍っていた。

天真庵のイスや玄関をつくってくれた木工の般若くんは長野の木祖村に住んでいる。
やはり寒いところで、冬はマイナス二桁が当たり前のところだ。
「話にきいたことあるけど、そこでタッションすると、小便が凍るの?」と質問したら
「その前が凍りそうになる」と答えた。「え、ちんこが、こちんこちん?」といって
二人で笑いながら、酒を飲んだことを思い出した。

今日は「味噌つくり」と二階では「満つまの会」。店は16時閉店でそれから「蕎麦打ちの会」

今日はそんなわけで、てんてこまいな一日になりそう。
明日は「卵かけごはん」  旗日だけどやりまっせ。

味噌の寒仕込み

東京は朝から雪がふっている。
今日は一日寒くなりそう。味噌の仕込みにはもってこいだ。

お店のホワイトボードに「古新聞募集」と書いた。味噌つくりの時に最後に甕や
ホーローやタッパーを包むのに必要だから。昨年までは、十間橋通りの朝日新聞の販売店さんが、
毎日必要な部数をくれた。最近は新聞を読む世帯が減り、昨年そのお店が閉店になった。
東京では全世帯の3割くらいしか新聞を読まなくなったらしい。地方は6割くらいは読むらしい。
「つきあい」とか「慣習」もあるだろうけど、なんとなく、「都会の人は忙しく、朝新聞を読む(ゆとり)がない」
のだと思う。新聞や本など活字文化からも乖離された生活が当たり前になっている。
日本人の「精神的文化度」は、自給自足率よりも下降しているのではなかろうか?そのうち日本人がいなくなるかもなんばん。

というわけで、いろいろな古新聞がやってきた。読売・朝日・東京新聞・・・社説や文化欄、政治批評など
各紙に特徴があっておもしろい。政治は「日刊現代」あたりが、一番いいとこついているような気もする。
日刊現代には、風俗のページなどがあっておもしろい。通勤をした経験は皆無だけど、営業や打ち合わせに
いく電車の中では、よく「日刊現代」を読んだ。
高齢化社会らしい記事があった。「60歳をこえたシニアサービス。ヘルス30分無料・・・・」
続けて読むと、「60分2万円。。。60歳以上は30分延長が無料・・・」  感無量のサービス?
あの手この手で、風俗業界も生き残りを図っている様子がうかがえておもしろい。
年増のおばさんが手練手管で、若い子を口説く・・・そんな風俗は今のご時世には見当たらなくなった。
あの手、この手も金しだい?  シニアの逆サービスで、若い子を口説く?そんな元気なじいちゃんがでてきてもおもしろい。

新書の紹介も新聞で久しぶりに読む。先週の読売に一冊気になる本を見つけ、アマゾンで注文。
「京料理人、四百四十年の手間」(岩波書店)
夏目漱石の虞美人草にも登場し、魯山人や徳富蘆花など文人にも愛された店。
著者の園部平八さんは「山ばな 平八茶屋」の二十代当主で、我が立命館大学・空手部出身。
江戸時代は、頼山陽先生も山紫水明処(鴨川べりにある書斎)から歩いて通ったところ。
自分の書斎以上に、比叡の山並みや鴨川の流れが、山紫水明ところだったろうね、きっと。

昨日、宇治に移住した茶の先輩が、上林(かんばやし 宇治茶の老舗)の茶を持参して、
蕎麦を手繰っていかれた。包み紙に「創業450年」とある。平八茶屋も上林も、
信長が安土城をつくったあたりから「手間」を惜しまず、ひとつごと、を続けておられる。

今日も「味噌作り」
こつこつと自分の家の季節の調味料を自分でつくる。昔はあたり前だったことを、あらためてやってみると、
いろんなことがわかる。「手間」というのは、ほんま大事なこちゃね。感謝。     

おーじーがーる

火曜日の夜は「英語でそば会」だった。
岩本先生が夕方、チーズケーキセットを食べにきた。
これをカウンターでやった時は、ポン引きが成功するというジンクスがある。
前回はカナブリだったので、縁起かつぎにきた。

7時に電話がなり、「オーストラリア人が3人つかまりました」とのことで、
15分後に大柄の女子3人をひきつれて、8人で英会話が始まった。ジンクスはうそじゃない。
その姿をみてまるで「オージーガールズ」だと思ったけど、お酒がまわっても
言わなかった。国際問題になってもこまるし・・

水木は、「味噌作り」三昧。年に一度しかあえない人もいるので、四方山話に花が咲く。
昨日は二階で「普茶料理の会」
関西弁をしゃべる人ばかりだった。「ぼく大学が御所の北でした」という。
「あ、どうやん(同志社大学)か。ぼくは御所の右側にいった。」
「りっちゃん(立命)ですか」という京風の挨拶をする。

蕎麦豆腐、そば寿司をだし、京都の樽源の豆腐桶に湯豆腐を入れて
二階にもっていった時、「ご主人はからふねやさんにいましたね」という。
びっくりしていたら「ぼく堀川のシャンポールで働いてました」という。
シャンポールというのは、からふねやの兄弟店。お坊さんみたいなNさんの顔が浮かぶ。
昨日の昼めしも覚えてなく、常連さんの名前もうる覚えの認知予備軍みたいな前頭葉がさえた。
人と人が出会ったり、別れたりすることは、ほんま芸術みたいなもんやな、とふたりとも笑った。

今日も「味噌作り」がある。縁ある人たちの家の「手前味噌」の輪が優美に広がっていく。

明日は「雪」らしい。♪東京で見る雪はこれで最後だと・・・
なごり雪が流行ってたころの青春がもどってきたような一日だった。

春が待ち遠しい。3月のライブ。

3月23日(土)弾き語りシャンソン ライブ

演奏:・上原英里(ヴォーカル&ギター)

19時開場 19時半開演 ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲・付き)

30日(土)ボサノヴァ de 花見

演奏:山本ひかり(歌・ギター)

19時開場 19時半開演 ¥3,500(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

ちいさな音楽会

切り絵の雪だるまがふたつ貼っていて、音楽会と手書きで
書いた青い封筒が届いた。「生まれる前から」天真庵にきているたくみくん、からだ。
近くのA幼稚園の音楽祭、今日が本番。二枚券が同封されていた。

ほんとうは、おじいちゃんおばあちゃんが招待されるらしいが、たくみくんのじいちゃんばあちゃんたちが
遠方で高齢のため、「天真庵のふたりにしよう」と園長さんたちの粋な計らいで例外的に
招待された。たくみくんの母は、「墨田ぶらり音楽祭」を始めたきっかけをつくった人で、
その幼稚園も会場のひとつとして開放してもらった縁もある。

味噌作りの大豆を焚いているので、ぼくは豆番としていけないけど、素敵な音楽祭になりそうだ。

昨日昼間、みさとちゃんが5か月になる「ゆーりくん」を連れて珈琲を飲みにやってきた。
そんな名前のボクシングの世界チャンピオンがいたので、「ボクサーになるんだったら、ジムを
紹介するよ」といったら、笑っていた。彼女はお仕覆を二階でやっていて、ぼくの茶道具のひとつのお仕覆を
頼んである。しばらく産休だけど、今年の後半あたりからまた始めるらしい。久保さんのやんぽの仕覆も
完成まじかで待ち遠しい。

今日はお休みだけど、5人の味噌作りがある。
明日も休みだけど、味噌作り。夜は「普茶料理の会」だ。
大きなブリをさばいたり、精進料理をつくったり、ジキルとハイドみたいな料理人?