月曜の朝は卵かけごはん

毎日、味噌作りの日々。
今日は旗日だけど、朝は卵かけごはん、二階では「満まめ」(気功整体)、夕方から
味噌作り、夜は「順受の会」・・・・・なかなかタイトな一日だ。

昨日は、中年のおじさんたちがカメラをかかえて散策の途中に、「昼そば(そば前つき)」をやってくれた。
季節季節にカメラをもって、ぶらり散策しながら、蕎麦屋で酒を飲み、〆のそばを手繰る、という会らしい。
そばを待つ間に飲む酒を「そば前」といった。左党(大工は、左手に鑿(のみ)を持つ。のみ、と飲みをかけた。今は死語?)
のあこがれの飲みスタイル。唐津出身でじいさんが唐津焼の陶芸家だったというくんが「ぬる燗できますか?」
というので、能登の「竹葉」をぬる燗にした。かごに入ったぐいのみの中から、久保さんの「斑唐津」を選ぶ。DNAだ。
「能登杜氏がつくる酒は美味いな~。こないだはUFOで町おこしをした街の酒蔵の人と飲みました」みたいなことをいう。

ので、隕石入りの酒器「わびすけ」をだして、飲み比べ。「え・・・一瞬にして、味がふくよかな感じに変化しますね!」と
びっくり。雑味の少ない「竹葉」でもすぐわかるが、もう少し辛口というか、雑味のある酒だと、別次元の味になる。
その後のお客さんに、佐久の酒で実験したら、驚いていた。なぜだかわからないけど、いつもそうゆう結果になる。
ただし、味蕾がおかしい人は、「そう。わかんない。ボリボリ・・」ということもある。亜鉛が足らない人は
そのような人が多い。亜鉛は太陽系ではつくれない物質らしい。味がわからない、というのは純に近い地球人。
亜鉛は別名セックスミネラルといわれる。そっちも「純?」

その後、煎茶のもとお弟子様がきて、珈琲を所望。「まってください!玉露に変更してください」という。
カウンターの「うめ星実験中」の隣に、新しい「宝瓶」(ほうひん)を発見したのだ。
「これ、久保さんの新作でしょ。しかも隕石の粉がいっぱい・・・」とマニアックなことをいう。
星野村の玉露を、よその星から降ってきた隕石の粉でつくった「宝瓶」で入れる。ずいぶん
ロナンティックなお茶だ。煎茶碗は「わびすけ」
「明日で地球が終わり、になったら、これで茶会をしたい」と、かつてその人の師匠がいったようなことを、オウム返し?
あと30年くらいは持つ、というのが定説(ほんとうは、もっと短いかもなんばん)なので、ぼくはもうこの星
にいないと思うから、「じゃ、セットで買っていって」というと、考えていた。
般若くんがつくった茶箱に、この宝瓶とわびすけをセットにして「宇宙の旅茶碗セット」として、販売している。
ニセット限定だが・・・明日明後日に、「すきもの」がくるので、嫁いでしまうかも・・売りたくない道具!

その後、銀座から連絡があり「緑の勾玉が売れた!」とのこと。
「オリベ」でもあり「かわせみ」ともいう。世界大恐慌みたいな様相になってきたけど、「隕石」
は、絶好調みたいだ。

明日は「書の会」
明後日は「おんなかっぽれ」

アインシュタインさんが、やってくる?

昨日、のれんをだそうとすると、メールがきた。銀座の「星の王子」からだ。
この時間のメールはたいていが、ゴールデン梯子(銀座のBig Bang と押上の天真庵を梯子)
のお知らせ。隕石屋が押上にいた時は徒歩でこれたが、銀座だとそうはいかない。でも「不思議なひととつながる」
スピードが押上時代の100倍くらいのスピードだ。

「IQ195のお客さんが、これから蕎麦を手繰りにいきます~」

王子のメールはなぜだかいつも語尾に「~」がつく。

「ありがと」と返事したら、

「笑笑~」とかえってきた。

元気シールのTQ技術者の山田くんも東大でてIQがかなり高いけど、195というと、アインシュタインやゲーテ並みだ。
どんなひとがくんのかな?と思っていたら、半ズボン掃いたアスリートのような青年が入ってきた。
「王子から連絡あったと思うんですが、〇〇です。せいろ一枚ください」といって、「うめ星実験中」の、カウンターの真ん中に座った。
「銀座から歩いてきた」という。「隕石をもつと、覚醒されて寝る時間が少なくてすみますね。ぼくは4時間も眠ると充分です。
やる仕事もいっぱいあるし、歩いていきたい場所も全国いっぱいあって・・・」などから、機関銃トークが始まり、オーディオ・映画・神社・隕石・宇宙・黄泉
・・・・・

「二回目です、天真庵。3年くらい前になんでかわからないけど、この席でそばを食べてました。今日も銀座いったあと、気がついたら
業平を歩いていて、王子に連絡したら、「じゃ~天真庵にいったら」といわれ・・・・なんか不思議ですね」とのこと。「これから上野の博物館まで
歩いていってきます」といって、街へ消えていった。

夕方は、味噌作り4人。3人目は、姪っ子の「かのん」(小学3年生)。味噌作りをはじめて見る外人さんのカップル
が蕎麦を手繰りながら好奇心いっぱいで、英語で話かけていた。かのんの母は、帰国子女で英語バリバリなので、味噌作りの話を英語で
かわしていた。終わった後、かのんが、石臼で珈琲豆を挽き、「ここでバイトしていい?」と聞くので「自給200円やで」
と答えたら、「え、安い~!」という。「じゃ、500円でも1000円でもいいよ。でも天真庵の自給は、払う、のでは
なく、もらう、んやで。教え料なんや」というと、親子で笑っていた。「働く」というのと「お金」をいっしょに
考えると、気持ちがいがんでくる。どんな仕事も「どんな態度でやり続けるか」が大事。貴賤もへったくりもない。「ひとのために働く」のみ。

最後は小学校5年生の女子。3回目。お父さんは、南島原まで一緒に旅して、原城近くの温泉につかりながら酒飲んだ仲。
昨日も娘の味噌中に、竹葉を二合飲みながら談論風発。さすが小学5年生になると、手際もいいし、終わった後
にチーズケーキを食べながら「お母さんには、酒のことは内緒ね・・」と笑っていた。
それぞれの家庭に、それぞれの味噌がいき、それぞれの味の家庭料理が食卓に花咲く。感謝。

今日は日曜日なので16時閉店。それから味噌作り。
明日の朝は「卵かけごはん」夜は「順受の会」
火曜日が「書の会」
水曜日が「おんなかっぽれ」

プッチャリン こんかいな?

今日は2月22日。2月は逃げる、というけど、毎日コロナのニュースで
世界中にいろいろな影響が広がっていて、ひときわ長く感じる一ケ月。
来週のライブも楽しみだけど、3月7日には英里ちゃんのシャンソンのライブがある。
英里ちゃんの応援団長が、チャップリン、もとい、プッチャリンと竹馬の友。
そんな縁で、プッチャリンがときどき天真庵にきたり、そのうち玉ちゃんと仲がよい
ことを知り、どんどん縁が深まっていった。昨日のブログに「チャップリンになれなかった」
(けど、つき)と書いたけど、なることなんかない。

「ひとと比べる」とか「ひとと違うこと」に、重心をおかず、「わたしらしく」に力を注ぐのが、ほんとうの「自由な生き方」
であり「個」だと思う。みんな肩の力を抜いて、自由に生きていけばよろし。

コロナのおかげで、浅草もスカイツリーも、ガラガラみたい。京都や各地の観光地もガラガラらしい。
サッカーの観戦で、感染を恐れて、「ハイタッチ禁止令」がでた、と今朝のニュースでいってた。
あまり神経質になるのもどうよ、と思うばってん、細菌いや細心の注意は必要かもなんばん。

昨日の昼間、常連さんのKさんがカウンターに座った。ときどきテレビにもでる美人のアーティスト。
いつもは、階段近くのカウンターの端に座って蕎麦を手繰る。昨日はめずらしく、カウンターの真ん中に座って
蕎麦を手繰り、いつものように少しミルク多めのミルクコーヒー(世間では、ラテ、なんていう?)を飲んでいた。
「コロナの影響で仕事がひとつキャンセルになった」みたいなことで談論風発・・・・
お会計の時、「ご主人は、華道をされているのですか?」と聞くので「3年くらい、山口から原田先生においで
いただき、やってました」と答えた。N響の山根さんや、赤松林太郎(ピアニスト)や、カリスマ料理人たち
と真剣に花を習った時があった。「どうして?」と聞きなおすと、「この「うめ星実験中」のにんじんの姿が、素晴らしい。シン・ソエ・タイですね!」
という。それを見るために、今日は真ん中に座ったらしい。「これは、うめ星(隕石玉)を入れただけ、宇宙の自然体やねん」と答えた。

原田先生も京都の「いけのぼう」で修行をされ、晩年は流派を超えた華人として活躍された。
「いけのぼう」の教え、というか基本は「シン・ソエ・タイ」(真・副・体)。
長さや太さの違う三本の枝をつかい、黄金比で、間をつくり、それぞれに「あしらい」という補助になる枝をそえたり
して、花を生ける。天地人や陰陽という中国伝来の思想を 基本理念としてした「型」である。

「うめ星ひとつください」ということになって、昼ごはん代が一万円になった。
でもすぐに、ポケットに入れて、手を振りながら、街に流れていった。さすが一流のアーティストだ。
芸術と宗教の共通項は「真・善・美」・・・世の中が渾沌としてきたけど、ちゃんとした「自分」を
もって生きていかねば、と、人参のへたから生まれた「シン・ソエ・タイ」を見て思った。

今日も「味噌作り」。菌活な日々是好日。

チャップリンとプッチャリン

水曜日・木曜日も朝から晩まで「菌活の会」(味噌作り)だった。
96人中の70人くらいまで、いった。

昨日は、この春から大学生になるみくちゃんが味噌作りに初挑戦。
彼女は幼稚園にいく前から、おばあちゃんやおかあさんに連れられて天真庵の常連さんやった。
小学校時代は「ねんど教室」を、お年玉から捻出して「自腹」で寺子屋に通った。
勉強の後の蕎麦会は、周りの大人が酒を飲む席で、おなじ目線で、アキバの事情や、
恋愛やファッションの話をしていたのが印象的。

10年くらいのある日「わたしが二十歳になったら、デートしてあげるね」といってくれた。
「どこいこか?」というと「押上文庫」と答えて笑った。
そのころは、まだサンタクロースがいるものだと信じていて、クリスマスの前日に
母親が天真庵に自転車を預けにきた。(次の日、彼女の枕元に運ぶために・・)
大人の10年と子供の10年というのは、密度が違う。
お祝いに勾玉をそっとあげた。受け取る手のマニュキアが「女」になっていた(笑)。
姪っ子の「ゆず」もこの春大学生。「墨田ぶらり音楽祭」の時、ふたりが
おそろいできた「Tシャツ」はSだったけど、あのころはワンピースになっていたな。

古本屋で「独居老人スタイル」を見つけた。都築響一著。スナックの本などは読んだことがある。
パラパラとめくっていると「プッチャリン」(道化師)が紹介されていた。
僕と同郷でしかも、今は両親とお兄さんが「日の里」(ぼくと星の王子のふるさと)
に住んでおられる。天真庵にも「チャップリン」の姿できたことがあるし、すっぴん?
でこられたこともある。「玉ちゃんを偲ぶ会」にもきてくれた。こころやさしき道化師である。

本屋の近くの京島西公園で、プッチャリンの編を読む。母から手紙がのっていた。

「日の里にもどってきて」と3度も書いてある・・・ジーンとくる。

母親はいくつになっても子供の母なのである。子供から見てもいくつになっても母で
、痴呆になっても、寝たきりになっても「生きていてほしい」と思うのである。
ふるさとから東京にくる出発点から「ノマド」の旅が始まる。「放浪者」。
♪線路は続くよどこまでも、ように、人生が「線」でつながっていたならば、みな最後は「ふるさと」を目指すと思う。
でも、「線」ではなく、「いまここ」の刹那の「点」でできている。だからある意味、毎日が一生で、生・滅・生・滅
の繰り返し。だからお金や名誉とはほどおおい人生でも「自分らしく生きる」人が輝いていると思う。
チャップリンになれなかったばってん、プッチャリンとして生きた彼に、拍手をおくりたい。
浅草でそんな道化師を見かけたら、よろしくね。

コロナのおかげで「テレワーク」(これもある意味・ノマドスタイル)というスタイルが流行しそう。
会社なんかいく必要ないし、働く場所や生活する場所を「ここ」と決める必要のない時代がきた。みんな「ノマド」やねん。
小さな細菌(ウィルス)が、いろんなことを教えてくれる。

2月29日(土) (仮)De amor em amor (ブラジル音楽)

演奏:寺前浩之(バンドリン)、バエデール・麻衣(サックス)、岸本麻子(ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

啐啄(そったく)の機 お互いに 共に

昨日は3組の「菌活」(味噌作り)だった。めずらしくみんな男子(正確には、一組は二十歳のカップル)

今年の「菌活」は、約100人(正確には96人)の参加。もう5年以上続けているベテランが7割以上を占める。
ママ友からママ友へ広がり、小学生くらいの子供さんと共同でつくる家族も増えてきた。
昨日の一組めは、お母さんがもうかれこれ6年くらい味噌作りをやっていて、「長女がやりたい」
というので、お母さんとは日程を違えて、やってきた。傍らにハニカミボーイを連れていて、「カレシです」と紹介。
お母さんは、カウンターで「ほぼぶらじる」を飲みながら、「来年までふたりが続いていたら、味噌を分けてあげます」と
笑った。悲喜こもごもの「味噌ものがたり」が、菌活と同時に進行している。

ふたりめは宝石のデザインをやっているこ。仲間の「NUSUMIGUI」くんや「OSAKENTARO」くんたちの仲間で、彼
らが毎年味噌をつくり、各種イベントで味噌を使った料理を共するのに刺激されて、能登の塩と大分の大豆・生麹を使って
つくった。できあがった4kの味噌をファッショブルな自転車に積むのがむずかしく、うちのチャリンコでもって帰り、またもどって
きて、「隕石会議」(うちの勾玉をどう加工するか・・・など?)の打ち合わせをする。「おっさ(OSAKENTARO)の
とこで飲んだシードルがやばいっすね」というので、シードルの「菌」を土産にもたせた。今日あたりからオリンピック(近くのスーパー)
のリンゴジュースの棚が空っぽになるのでは・・?

かたわらで、3人目の「S珈琲社長」が、「?????」という顔をしながら、今年の味噌をつくっている。
みんな不思議な縁や菌で「つながっている」。
終わった後で、「隕石ってなんですか?」と真顔で問う。「きみにはわからんかもしれないな~」といいながら、
カップふたつを用意し、「ほぼブラジル」を注ぐ。ひとつのカップに「うめ星」(隕石入り陶器玉)を入れる。
半信半疑だが、カップテスターの顔になって飲んで「!!!」という顔をした。「啐啄(そったく)同時」(悟りの瞬間)だ。
味噌作り代金4000円に、プラス7000円を支払って帰っていかれた。今日からパルコの中にもある「S珈琲」
が、世界に向けて「ひとあじ」違う珈琲を発信することになった。

「啐啄(そったく)」 天真庵の「珈琲塾」を「啐啄(そったく)焙煎塾」という。
鳥の子が卵の中でいざ生まれようとする瞬間に中からコツンと嘴でこずく。啐(そつ)という。
それを聞いた母鳥が外からそこをコツンとこずく。啄(たく)という。そのふたつが、いいタイミングでおこなわれ
た時、新しい命が誕生する。
禅林では、「啐啄の機」とか「啐啄同時」
とかいって、軸にしたり揮毫したりしてきた歴史がある。
星の王子の本のサインも「啐啄同時」とサインペンでかかれている。若いけど、頭から坊さんみたいなひとや。

昨日の朝日新聞に「量子コンピュータ」のことが詳しく書いてあった。一週間くらい前に書いたけど、とどの
つまりは、95%くらいは、目に見えない世界のこと。化学が進化したり、歳をかさねて学べば学ぶほど
「わからないこと」がより増えてくる。この目に見えない世界では、ふたつのコトやひと、に「相互作用」という物理言葉
でいわれる力が作用していることがあきらかになった。類とも、ママ友、遊び友達・・・その人のことを知ろうと思ったら、
まわりの仲間を観察すればよくわかる。天地自然の理だ。

真民さんもこんな詩を残した。さすがだ。

「共に」
花咲けば 共に眺めん
実熟せば 共に食べん
悲喜分ち 共に生きん              感謝合掌

月曜の朝は卵かけごはん

卵かけごはんのことを「TKG」という。アイドルグループに「AKB」というのがある。
昨日の舌かみそうな「元気成分」の「エンドカンノビノイドシステム」のことを「ECS」という。
今後、いろんなところで目にすることが多くなると思う。

あまり知られていないが、昔浅草生まれで、海禅寺で修行した後、22歳で上洛し天竜寺の雲水になり、
晩年は山口に住み、80歳で自決した不思議な文人(絵・篆刻・書などを残した)がいる。小林雲道人。
鈴木大拙、西田幾多郎や、瀬戸内寂聴ひ名づけ親の今東光さんらとも親交があった。
陶器好きには有名な小林東五さんの親でもある。
昨日は16時でお店を閉め、映画関係の女子たち3名の味噌作りが終わり、竹葉を飲みながら、雲道人
の本を読んだ。こんな文を残した。無駄のない研ぎ澄まされた「禅味」がいい。竹葉では、ゆるり、
としすぎるので、グラスをかえてウィスキーを飲みながら読んだ。


やらんとすることをやりきって、それがノタレ死にであるならば、それもやむをえない。
「やらんとすること」は大したことではない。
朝おきてカラっとした気持ちで、目前の仕事あるのみである。
その内容は釈尊のような空前絶後の大天才が、その上長年月の大修行から得たものとひとつも変わりはない。
「おはよう」という声を、我ら如きが同じように発せられるということである。
そうでなければ、シャカはウソつきだ。(雲道人)

これからTKG
夕方は味噌作り。

2月29日(土) (仮)De amor em amor (ブラジル音楽)

演奏:寺前浩之(バンドリン)、バエデール・麻衣(サックス)、岸本麻子(ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

酒は麻薬か魔薬か?

最近、有名な芸能人たちが麻薬で捕まっている・・
こんどの「令和」の儀式や、これまでの大喪の礼なのの時、
「麻」は使われてきた歴史がある。四国のある家では、皇室の
ご用達の麻農家さんが存在する。日本で一番きびしい法律は
「薬事法」だ。「大麻取締り法」もまた厳しい。法律違反は罰せられるのが法治国家なのだが、
ほんとうに「麻」は麻薬なのだろうか?と思ったりする・・

ちょっと舌を噛みそうな名前だけど「エンドカンノビノイドシステム」
というのがある。大麻草の中にある成分で、これをとると、いろいろなウィルスや
花粉症や、成人病にもいい、という臨床結果がでているらしい。
薬とは、草冠に楽・・・つまり自然の野草を食べて、楽になる、ということだま。
現代の医療を見ていると、どうも真逆の方向にいっているような気もする。
ぼくは、能登の「麻飴」を毎日食べている。普通の食事ではとれない「ゲンキニナール」
が含まれているように思う。

昨日はカウンターに常連の「左党」(酒飲み)が揃い、そんな危うい話で盛り上がった。
かたわらでは「味噌つくり」。
「おからだお大豆に」(これを読むと、東北弁チックになる。

友達に不思議な「菌」をもろうた。リンゴジュースに入れるとシードルになる。
これは「酒」になるのだろうか?販売すると法律にひっかかかる?
麻と同じような疑問がわく。この数日間あったかだったので、発酵がすすみ、
チャコレートのお返しに、縁ある人たちにおすそわけしている。体がポカポカ
するのだが、これはアルコールなんやろか?でも、ただものではなさそうな気がする。ガレットにあう。
「星のかけら水」といい、なんか不思議なものがぎょうさん集まってくる・・

今日は日曜日なので16時で閉店。それから味噌つくり・・
明日の麻、もとい朝は「卵かけごはん」  味噌汁は飲む点滴。おからだおだいずに・・感謝。

枕を持ってきなさい・・・

昔の芸事なんかで、師匠が異性(同姓もあるか・・)のお弟子様に、そのようなことをよくいったらしい。
でも、ほんとうに芸達者なお弟子様は、反対に師匠を喰って芸のこやしにした。
陰陽の妙であり、「ゆらぎ」の神秘みたいなもんか?天地自然の理でもあります。

落語にも「枕」があり、とても大事なもんや。
本題に入る前に、時節のことを話したり、小咄などをして、客をほぐらせて本題に入る。
その間が、お客さんと噺家との一体感を醸し出す。
和歌にも「枕ことば」というのがある。いたす時の「前戯」も大事やね。あれも「まくら」やねん。

昨年まで、東京オリンピックバブルで、この界隈にも地上げ屋風な不動産屋がよく飛びこみできた。
地上げ屋「いいお店ですね・・・・ここビルにしませんか?」
すごい「マクラ」だ。アベコベいうか阿部首相のような支離滅裂な日本語。
返事をするのもアホらしいので、無言で「でなおせ」という目をして負い返す。

消費税が上がり、コロナウィルスの影響もあり、経済にもマイナスな要因になってきた。飲食という業界も
すぐに打撃を受ける。昨日は、二階で「普茶料理」の予約が入ったので、夕方、そば寿司などを仕込んで
いたら、スーツをきた若者が玄関をノック(だいたい丁寧にノックして入るのは、飛び込み営業)して
入ってきた。いつものように「しか」としながら仕込みを続けていると、
「わたくし、飲食店の集客アップをお手伝いしているものですが・・」という、ありきたりの「マクラ」で挨拶した。
「そんなん、簡単やで。座って珈琲注文してくれたら500円の売り上げアップや」と答えた。
痛いとこついてるけど、これは本音である。プロというのは、無駄なことにお金はださないし、タダで接客はしないものだと思う。

6時から「普茶料理」。隠元和尚が「普(あまねく)く大衆に茶を施す」ということだまで、
黄檗山を建立し、茶・禅・普茶料理を広められた。
この会の「まくら」は、煎茶を喫するところから始まる。そして同じ器で、酒を飲む。
軸は「寒山拾得」・・・箒だけを書いた不思議な軸。
最近は、隕石入りの器「わびすけ」で飲む、というのがならわしになってきた。
昨日は「開華」という立春朝搾りを飲み、その後は奈良の「百楽門」などをだした。
音楽は「カナタ」・・・さすがに上場会社のトップの人たち。。
「これどなたの曲?」からはじまり、しめの時には「来月、ここに遊びにいってきます」とのこと。
「まくら」がよければ、すべてよし。都都逸にこんなんもある!

♪横に寝かせて 枕をさせて 指で楽しむ 琴の糸

ばかかしこ・・

人はおおまかに四つに分類できる。
「かしこかしこ」「かしここばか」「ばかかしこ」「ばかばか」・・・ばかばかは論外。
かしこそうにみえてかしこい・・これは、身近にいると疲れる。TQの山田くんは、どこからみてもこんなタイプ。
かしこそうにみえてばか・・・ばかの度合いにもよるけど、少しぬけている程度ならよしか?
ばかにみえてかしこ・・・これが一番親しみやすいし、身近にいても疲れないし、長くつきあっていける。

そんな話で昨日の「ダメ中」こと「ダメから始める中国語」が盛り上がった。
この会の女子たちは、程度の差は多少あるが全員「ばかかしこ」に属する。
マイコ先生は名古屋からわざわざ来てくれ、これまでは金曜日に授業をし、さっとそばを
手繰っていき、新幹線で帰る、というはなれ技でこの会を切り盛りしてくれた。
途中で酒席を去る、というのが本人も生徒たちも、「気持ちの置き忘れ感」があり、昨日
は久しぶりに、おそくまで飲んだ。いつものように「おんな風呂」状態。

この春から岡山大学に中国語の先生として赴任するIちゃんも参加し、送別会のふうにもなった。
「え、おかま大学?」・・・一時が万事、こんな具合のギャグで盛り上がる。
30半ば過ぎだが、少し美人すぎて、彼女を口説ける男がいない?ふうだ。
「岡山は硬派が多いので、気骨ある硬派が「先生、ぼくと結婚してください」といい寄られるかもよ」というと、
「硬派なひとがそんなこといいますか?それは軟派ではありませんか?」と真顔で言うような女性でもある。
餞別がわりに、「山田方谷」(やまだほうこく)の本をさしあげた。岡山が生んだ奇跡の陽明学者で、方谷は駅名にもなった。

味噌作りももうすぐ折り返し地点・・マラソンも折り返し、というのは、大きなポイントではある。
昨日は「NUSUMIGUI」のお客様のふたりが初参加。さすがにおしゃれで、味噌作りもどことなくファッショナブルだ。
いろいろなひとの生活の中に「味噌」が浸透していく。

「星の王子」の本が届いた。送り主のところが「Big Bang」。彼の会社だ。

私たちが生かされているこの宇宙は、ビッグバンが始まりで拡張していった、ということになっている。
それは、物質を構成している最終的なミクロ単位の「素粒子」の生・滅・生・滅の繰り返しから
成り立っている。つまり「有」と「無」の間の「ゆらぎ」(波動)から始まっている。
だから、こころが「ゆらいだ」り、ときどきネガティブな感覚にゆらぐのも、自然なのだ。
振り子の原理でもとにもどればいいし、ゆらぎが少ない状態は、「安定」している状態なのだ。

そして、目に見える「マター」というのは5%で、あとの95%が、ダークマターとダークエナルギー。
この世は95%が、「見えないもの」「わかっていないもの」らしい。
「隕石の力」や「TQ技術」も、その95%の中に含まれる。
ただ、ふたつのものの共通する元素は、太陽系内では作れない元素である。すなわち、どこか
ほかの星からやってきたものだ。生きとし、生けるもの・・みな宇宙のかけら、自然のかけら・・
そのふたつの力を借りて、「星のかけら水」をつくってみた。チョコレートをくれた
かわいいお弟子さんたちの「おかえし」にあげて実験中。いろんな穴にミストすると、元気になる。
薬事法に抵触するので、くわしくはいえへんけど、なんかいいかんじ。。

今日は「普茶料理」の予約が入っている。これから準備をしなくては・・・

菌活の輪が優美に広がっていく!

コロナウィルスの猛威が衰えない様子。
夕方熊本の「たまな創生館」の橋本太郎館長から電話・・
「来週あたりスタッフ5人で、東京へいき、ぼくらの原点と思っとう天真庵で
蕎麦を手繰り、界隈を散歩しよう思っとるばってんが、どやろか?やめたほうがよかかいな?」
・・・熊本でもマスクが足らない、ということらしい。少し大げさに報道されすぎの感はあるばってん、
「君子危うきに近づかず、のうほうがよかとちがいますか?おまかせします」とあいまいな返事をした。

天真庵では、毎日「菌活」(味噌作り)におわれている。コロナ・・ほどではないが、ゆっくり優美に「菌」がいい悪さをして、
ママ友から広がり、小学校に子供がいき、新しいママ友ができ、そこに広がり、ひとりのママがそのママといっしょ
にきたり・・・いろいろ縁が数珠つなぎ。

先日は、おんな三姉妹が3つそれぞれの味噌をつくった。長女の長女(Tちゃん)もいっしょ。
昨年同じ大豆で、同じ麹で味噌をつくり、年末に「味くらべ」をしたら、長女の家の味噌が一番おいしかった、ということだ。
きっと手伝ったTさんの手についた菌が「ウマクナール」という菌をもっているに違いない、ということで、今年は
3つの味噌つくりの仕上げにTちゃんの手を入れた。これもゴッドハンドだ。
まだ三十路半ばのママが手を洗った時、「ほんとうに味噌作りをすると手がスベスベになりますね」
とうれしそうに笑った。それだけではない。大豆の煮汁は、洗剤がわりになる。油よごれなんか、ぼろ布をちぎったもので拭いて、大豆の煮汁を
含ませたスポンジで洗うと、すっきりきれいになる。手も荒れないし、環境にもいい・・・いいことずくめだ。

親から子。子から孫。命をつむぐ技が伝承されていく。これからAIとかロボットが、職場や家庭をすさまじい
勢いで変えていくだろう。最後にのこるものは、今は絶滅危惧種になりつつある「おふくろの味」。手で味噌をつくり、
うめぼしをつくり、おむすびをむすび、ぬか漬けのぬかをまぜたり、畑仕事をし、その畑と忖度(そんたく は このような場合に使う)
し、四季折々の季節のもを食卓にのせたりするような「昔の日本人がやってきたこと」のような気がする。
これがなくなってしまったら、日本が日本でなくなるし、日本人は「ただの在日人」になりさがるのではないですか?
男は、魚釣りとか、釣った魚をさばく、くらいなサバイバルの技を身に着けておきたいものだ。「狩り」の技術を
もっていないと、女の子にもてへんよ。「そば打ち」「男料理」・・・これは「令和男子のたしなみ」になるんちゃう?
土いじりをして「百笑」になるのもいい。

今日は旗日。建国記念日。いつものように12時から19時まで営業。それから「ゆるゆるヨガ」だ。

2月29日(土) (仮)De amor em amor (ブラジル音楽)

演奏:寺前浩之(バンドリン)、バエデール・麻衣(サックス)、岸本麻子(ピアノ)

19時開場 19時半開演 ¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)