ハゼ釣り名人のじいちゃん

二週間くらい前に、昭和4年生まれで、埼玉からバイクで一時間半かけて、はぜを釣った後に
蕎麦を手繰りにきた「奇人?」のようなおじいちゃんのことを紹介した。

お休みの日に、またまた一時間半かけてお店にお礼の挨拶にきたらしい。裏の大家さんが
対応してくれたみたい。紙袋の中に、和菓子と手紙と名刺が入っていた。
名刺の裏に・・・紫綬褒章を受章、とある。ネットで調べたら、すごい経歴のじいちゃん。
日本の高度成長期に大活躍した人だった。こんどまた来るようなことがかかれてあったけど、
「そろそろバイクはやめたほうがいいですよ」と苦言を呈したい気分でもある。

水木は「無茶しぃの会」。台湾からひとり参加。アジアの国には、それぞれのお茶の文化がある。
おでんみたいに、それぞれの特徴が調和するような「茶会」がひんぱんになれば、今のような
隣国間の緊張もなくなるはずだ、と痛感する。

だいぶ秋らしくなってきた。実りの秋。来月はゆずをとりにミカン農家さんとこに訪問する。
11月には能登に梅仕事。剪定、という大事な仕事が待っている。
また「新そば」の季節。毎年恒例になった「やさと農場暮らしの実験室」の新そば祭り、
今年は12月の第二週の日曜日になった。使者の青年が「朝とれの卵」を持ってきてくれた。
今朝はそれで「卵かけごはん」。無農薬の野菜をえさにし、平飼いされた卵の「ホンモノの味」
を、ひとりでも多くの人に知ってほしいものだ。

味噌とか醤油とか、発酵食品は、腸内細菌を活発にしてくれる。防腐剤とか薬つけの食べ物を
食べると、その大事な菌を殺してしまう。そんな単純な天地自然の理を、見て見ないふりして
過ごしている日本人。ミサイルが飛んでくる前に、絶滅の危機かもなんばん。

30日(土) ボサノヴァライブ 秋の光

演奏:山本ひかり(歌・ギター)

19時開場 19時半開演  ¥3,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

今日はタイムドメイン

昨日は台風一過で東京も33度になり、前日との温度差が15度だった。
台風一過だというのに、開店そうそう台風のような混雑で、常連さんが気
を使ってくれて「あとでいい」といってくれたりして、一時間近く待ってもらったくらい、の風速だった。

写真を一生懸命やっていた時は、台風の後なんか仕事そっちのけで、車を走らせ山にいって
撮りまくっていたような時期がある。今は昔。今はその趣味はすっかり忘れたし、カメラも手放した。

いつか、池袋にカメラを買いにいこうとして、途中にあった骨董屋の前を通ったら、囲炉裏が車から
降ろされていた。主人に「これいいね」といったら、「今東北から持って帰ってきたとこで、これから掃除する」
とのこと。「掃除はぼくがするので、これちょうだい」といって、そのままカメラを買う代金をおき、主人の車を借りて自宅に
もってきた。それから「炭」が生活の中の日常に入り、秋はサンマを焼いたり、冬は煎り番茶を焙じたり、暖をとったり、酒席にしたり
大活躍している。こないだ能登の帰りに骨董屋をのぞいたら「ひさごの五徳」を見つけ、そのお気にいりの囲炉裏に入れ、そこに
南部鉄瓶を置いている。まさに冬が待ち遠しい。できたら、ほんものの北国に移住して使いたいなんてことを本気で考えている今日このごろ。

知り合いの農家さんから「ゆずができた」とのメールがきた。いよいよ今年から「ゆず胡椒」に挑戦。
「自然によりそう生活」というのは、体が元気に動く時にやっておかないと後悔する。
歳月は人を待たず、なのだ。

今日はタイムドメイン。そんな名前の理論のスピーカで、それぞれが持ち寄ったCDを聴きながら、
談論を風発させ、それぞれが持ちよった酒や酒肴で宴会をする日。15年くらい続いている。
肩肘をはらず、適当な距離を保ちながら、家族のように宅を囲んで酒を汲かわす。居酒屋とか
一般家庭にお邪魔してではできない「酒席」をそれぞれが家具の一部、酒器の一部みたいに自然にそこにあるように居る、
そんな会。なんでも「自然」にやれるようにするには10年くらいかかる。

明日明後日は「珈琲塾」&「煎茶塾」 明日の夜は「おんなかっぽれ」
明後日はひがな「満つまめの会」

朝飯の王様

なんといってもTKG、こと卵かけごはんでしょう。
これから10時まで、祭日だけど、やりまっせ。

「隕石ぬか漬け」も絶好調になってきました。
秋なすは嫁に食わすな。そんなことわざがある。
姑さんのイケズ、の意味でとらえられている場合が多いけど、
陰性のなすを食べすぎると体が冷えて、嫁が妊婦だったら、なお悪い
ので、体をきずかってできたことわざ。姑と嫁の関係は、古今東西問わず
永遠不変のテーマ。少し距離をおいて、冷静に見つめてみると、「なんてない」ことも多し。

先週、オヤジが入院して、二日続けてICU(集中治療室)におふくろといっしょにお見舞いにいった。
60年以上連れ添って(この言葉はいいね)きた「夫婦愛」を見せられた。
出かける前に85歳のおふくろはちゃんとおしゃれをし化粧をし、軽く香水までほどこす。3時から15分だけ、という制限付きだ。
少しはやめについて、駐車場につく。「車の中でまっとこか?」というと、「わたしは病院の中に椅子に座ってまっとく」という。
少しでも父親の近くにいたい気持ちが伝わってくる。3時になっておやじのところへいくと、あちらも
くつをはいて、ベットに座って待っている。まるでリングにいるボクサーみたい。92歳で前々日に心臓の動脈の手術をしたとは思えない姿。
さすがに医者や看護師さんたちも「こげな92歳みたことなか」とびっくりしているみたい。

いけない、卵かけごはんの時間だ。
今日は「卵かけごはん」夜は「福の会」
二階は「満つまめの会」 実はこのまーくんも、遠隔治療ができるので、オヤジにエールの気をおくってくれたみたい。
人間捨てたものじゃない。ときにはスマホの電源を切って、人間にもどらにゃ、そんそん。

30日(土) ボサノヴァライブ 秋の光

演奏:山本ひかり(歌・ギター)

19時開場 19時半開演  ¥3,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

今日は、お花、お仕覆、蕎麦打ち日和

連休は、☂・雨ふれふれ、かーさんがジャモメでお迎えうれしいな、な日々。
庭の樹木たちも、虫のすだく音にあわせて踊っているようだ。ほととぎすは、まるで
飛んでいかんとばかりに、薄紫の花を揺らしている。
台風が過ぎると、いっきに秋だ。稲さんたちは収穫前の最後の試練だけど、がんばれがんばれ。

昨日はガンの手術を無事おわらせ、退院してきた常連さんがリハビリをかねて蕎麦を手繰りに歩いて
こられた。見舞いにさしあげた「能登の奇跡の水」にマジックで「命の水」と書いて、毎日飲んでいたらしい。
「女性は涙を流すたびに、目がきれいになる」なんていわれているけど、奇跡の水でミストすると、ほんとうに
きれいさっぱりした気分になる。

今日は二階では「お花」と「お仕覆」の教室がある。
お店は16時閉店で、それから「蕎麦打ち教室。

明日は祭日だけど、「卵かけごはん」(8-10)
夜「福の会」

火曜日が「タイムドメイン」
水曜日の14時から「無茶しぃの会」
木曜日が「そったく珈琲塾」&「無茶しぃの会」二階は「満つまめの会」夜は「おんなかっぽれ」

縄文そば半島

今日は二階で「満つまめの会」をひがなやりまして、夜は「ゆるゆるヨガ」。

今回の親父の手術を垣間見て、この10年くらい医学が急速に進歩しているのを
目の当たりにした。でも人間は機械ではないので、部品を交換して健康体になるのではなく、
生まれ持って借りている体を大事にしていきたいものだ。
まーくんの「満つまめ」の人たちを見ていると、「気」とか「呼吸」とかいうのは大事やね。
ヨガもしかり。神様から借りている体なので、大事に使ってお返ししなくてはね。

神さまといえば、宗像には世界遺産になった宗像大社があるけど、その隣に「鎮国寺」という古刹がある。
弘法大師が高野山をつくる前に建立したお寺で、真言密教のお寺さん。
九州にもどると必ずお参りする。今回は親父が微妙なところを右往左往していたので、信心深いお袋
が普段以上に般若心経を唱えていた。「あ、一本ローソクを追加しといて」というので「?」
していると「Mくんの奥さんのぶん」という。自分の連れ合いが危篤な時に、今月旅立った親友の奥さん
のことを気遣ってくれている。普段は「痴ほう?」と思うようなことも多くなったけど、不思議なやさしさを
秘めたかたでもある。

ヨガといえば、恵那の山の中に住む聖者みたいな人が、不思議なものをカウンターにおいていった。
「縄文土器と同じ原理で、大気の気と大地の気のバランスがとれるので、気がよくなり運がよくなりますよ」
といって、ニッコリ笑っておいていった。天真庵のHPの「遊山」というところに、能登の「真脇遺跡」という
縄文人の遺跡の写真がある。狩猟を主とした縄文人は、栄養失調で一か所に定住しなかった、という定説を覆し、
真脇では5000年も縄文人が定住していた痕跡がある。その地にいくと、「なるほど」というのが、
腹でわかる、そんな土地だ。昨日はぼくのそばのお弟子さまが「山梨で田舎暮らしをはじめたけど、次の場所を探している」
とのたまいながら、蕎麦を手繰っていた。能登の資料を見せると、目が縄文人のように輝いていた。理屈ではなく、
不思議なパワーに惹きつけられる、そんな時や磁場がある。能登が「縄文そば半島」になったりして・・

明日は日曜日なので16時閉店。その後は「粒々皆辛苦のそば打ち道場」
明後日は「卵かけごはん」&夜が「福の会」

宗像ユリックスで「人生フルーツ」を上映するバイ!

月曜日の朝に親父が吐血して救急車ではこばれ、
緊急手術をした。火曜日の夕方の便でかえった。
和白病院という心臓とか血管系に強い病院に運よく
はこばれ、手術がうまくいって、一命をとりとめた。

ICU(集中治療室)にいき、顔を見るやいなや
「生きるのも苦がおおいばってん、死ぬときも苦しかばい。おんなじばい」と
高僧のようなことをのたまいながら笑っていた。92歳。
ガダルカナルの稀有な生き残り組であり、61のとき動脈瘤破裂。
その時の古傷が悪さをしたらしい、普通だったら30年前に即天国、のところ、
そのたびに「サムシング・グッド」か「ゴッド」が働いた。

ICUってところは、面会が3時からで、15分と決められているので、午前中は
庭の雑草取りをした。
実家は宗像という宗像大社の神域にある。今年世界遺産になった。
駅前が「それにむけて準備」をしていて変わってきた。もとパンやのところが、
「なんやら。。。宗像」というコンシャルジュの待機するお店?ができた。
のぞいてみると、「人生フルーツ」のチラシがあった。
ほかのものを見ず、すぐにその映画が上映される宗像ユリックスにいき、チケットを
母たちにプレゼント。10月18日(水曜)。
「これは見たほうがええばい」・・・とユリックスのチケット売り場の女性たちにも力説しておいた。

昨日は台風の影響か?飛行機もゆれた。「人生フルーツ」のごとく、力を入れずぎず、
自分たちが生きたいまんま、こころおだやかな毎日を過ごしたいと思う。感謝。

今日は都合により16時閉店 満つまめの会はやります。

ちょっと野暮用ができて、夕方の便で福岡にかえることになった。
満つまめの会は、予定通り二階でやっておりますが、一階の
お店のほうは16時閉店にさせてください。

昨日は「長屋で女史会」だった。
勉強が終わって、蕎麦会の時、版画の話になった。

久しぶりに川上澄生さんの版画を夕方に飾ったので、不思議な気持ちになった。
お店が始まる11年前、その版画を銀座の画廊で買い求めた。着物をきた3人の
女性が、西洋風のモダンな椅子に座って、談論を風発しているような絵。
もう一枚、同じように女性が着物を着てワインを飲んでいる絵があった。

その絵は一日違いで買いそこなった。若いころは、おねっちゃんのいるお店で、いつも財布の中が
空っぽになり、年をとってからは、骨董屋をのぞいて、気に入ったものがあると、財布の中身
をぜんぶおいていく習性ができ、いつもすってんてんで、家に帰った。
美術品とか、茶道具とか、普通の生活とは乖離したもの、無用の用みたいなものを買うのは、「自腹に限る」
と、白井晟一先生がおっしゃっていたらしく、その話を聞いてから、自分のお金(会社やギャラリーの経費でない)ときめている。

3人娘の版画を見ながらワインを飲むと、美味い。できたらクラシックなバカラのワイングラスで飲むと、もっとうまい。
昨日は文庫ちゃんとそんな話をしながら盛り上がった。今のグラスと違って鉛の含有量が少なく、女性的なやわらかさがある。
ガラスといえば天真庵のグラスのほとんどは、安土さんのものを使っている。彼の実家には生前の川上さんも遊びにいっていたらしく、
版画も残っているらしい。川上、安土・・・・そーんなバカラ、の奇妙なお話。

朝焼けの日は☂が降る?

今朝は朝刊が休刊日。
ぼくは、休肝日はもうけたことがない。成人する少し前(だいぶ前?九州は15歳くらいから飲む?)
から、毎日飲んでいる。

蕎麦を打ちながらラジオの天気予報を聞いていると、今朝は朝焼けが見えて、そのことわざのように、夕方から
下り坂になる、ということだ。

人生にも、下り坂と上り坂があり、「まさかの坂」というのもときどきあるらしい。
前のふたつは、経験とか運とかが左右しながらもどうにか過ごしていける。「まさかの坂」が
来た時は、その人の「人間性」が大きく左右する。らしい。そんな本をどこかで読んだことがある。

今日は「長屋で女史会」がある。ものほんの女子大の先生が、日本の歴史を「女性」にスポットライト
をあてて、蘊蓄たっぷり、酒席にぴったりの、ちょっと女子大には聞かせられない話をしてくださる。
多士済々の人たちが、生徒としてやってくるし、かなりおもしろい寺子屋になってきた。

明日は「ちんぷん漢文」の日。
「古典」が苦手だった、という人が多いけど、文人たちに中国の文化はあこがれであり、実に奥深い
ものかかがよくわかる。お米といっしょで、かめばかむほど、おいしくなるし、血や肉になっていく。

これから「卵かけごはん」。ごはんと味噌汁とお漬物。それだけあれば何も足すことなし。
「足るを知る」の日本人の原型みたいな食事。

なさざればくわずというかあなかしこ 何をなしてか我はくらへる

ある芸術家の歌。古今東西を問わず、みんな飯を食う、ということで悩みながら生き、死んでいく。感謝。

「満つまめの会」がすごいね。

天気予報を見ると、今日は30度になるらしい。
自動打ち水機が活躍しそうだ。
このあたりは、飛木稲荷の神域で今日は秋まつり。
地味なお祭りだけど、元気はこのお祭りを見た後召された。

秋まつりといえば、熊本の「藤崎宮秋の大祭」を現地で体験すると、
熊本人の気骨や歴史が丹田の下にズシリとおりてくる。
昔は「ぼした祭り」といっていた。九州では、力道山の
次代に、あの名レスラー「ボボブラジル」とはなかなかいえない事情があった。
朝から説明するにはちと、テンションがあがらないけど・・・

今日は日曜日なので16時に閉店。それから「蕎麦打ち教室」
二階は「満つまめの会」

芸術の秋だ。音楽家たちも芸術家たちも、いろいろ忙しそうだ。

30日(土) ボサノヴァライブ 秋の光

演奏:山本ひかり(歌・ギター)

19時開場 19時半開演  ¥3,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲 付き)

この世はすべて次代送り

先週農業をやっている旧友がそばを手繰りにきた。
どうやら軌道にのった農業法人を後輩に託して、次のことをやるらしい。
人生いろいろだ。ぼくの誕生日に「おめでとうメール」がきたので、返事に
「麦の家、をめざすようなこと考えてみたらどうだ」みたいな返信をした。

比叡山のふもとに「麦の家」がある。松井浄蓮さんが始めた。
最近古本屋で、彼の本を見つけた。

・・・(略)・・人生においては「次代送り」の喜びというものが大切。果物の樹を一本植える
にしても石を家のまわりや田圃のふちにおきにしても、先祖の行跡を考え、子孫の末を思い、
数百年ののちの夢までみつつ工夫しているなどということは、土の上に生活の根をおくものでなければ
能(あた)わぬことである。(浄蓮)

都会で暮らしていく未来には、ぜったいにつかめない「哲」である。

昨日大石学さんから新しいCDが届いた。「雨の音」。。。?なんやらそんなタイトルのソロピアノアルバム。
どんどん新しい曲ができてくる、ようだ。海賊と呼ばれた男、出光佐三翁の随筆に「自噴の水」というのがある。
人生は短い。人にいわれてやるのではなく、自分の本心良心の奥底から湧いてくるような感動を大事にしたい。
そんな意味だったように思う。昨日このCDをかけていたら、バタバタとお客さんがそばを手繰りにやってこられたので、
この一枚で開店から閉店を過ごした。今朝蕎麦を打ちをしながら聴いたら、みんないい曲だ。
「自噴の水」でいきたいもんだ。感謝。